紫緑 ページ8
ナイトメア・シンドロォム
目の前の重い扉が何かによってゆっくりと開かれる。くるまっていた太陽の匂いがする白い布団を強く掴み直して”何か”を理解しようとする。
｢もとだか｣
その声が厚い生地に吸収されて小さく聞こえて、掴んだ布団をシーツの上に落とした。
｢…たいこう？｣
彼は眉を顰める、丸く大きな瞳が半分まで瞼の裏にしまわれてる。品物を見定める目つきがこれほど恐ろしいとは思わなくて、今まで言葉に困ることなんかなかった。きっとこれ以上のことはない、そんな気がする。
｢おれを、殺すの？｣
こんな一声でブルブル震えるなんて情けない。あぁ、俺が占い師だったらどれだけ良かっただろう。お前の心もいとも簡単に見透かせたかもしれなかったのに。
｢…おれが狼前提なのかよ｣
無意識に俯いていた視線を上げて、恐れていた瞳と向き合えば、瞼に閉じ込められていた瞳が重なる。俺よりも幾つか歳下なはずなのに、成人すらしていないはずなのに、大人のような憂いを帯びた表情に思わずどきりとしてしまう。どんどん此方に歩みを進める大光と離れるように後退りして、あっという間に距離は縮まって、ベッドにまで乗り上がってくる。こんなところで終わりたくなんかないけど、恐ろしい。震える唇にはきっと色がない。鼓動が早くて息苦しくて、瞬きが増えて
｢やだよ、たいこう、やだ｣
掴んでいた布団が剥がされてもう丸裸も同然。しにたくなくて、涙が出てくる。二人分の体重で軋んだベッドの音よりも、自分の心臓の音がひどくうるさい。
｢もとだか｣
なんで名前しか呼ばないの、俺よりも温かい指先が頬を滑って、輪郭を包み込むように手の平で触れられる。その残酷な温もりがいつまでも嫌いだった。
ドンドン、ガチャガチャ。扉を叩いたりドアノブを捻ったり乱暴な音が部屋中を包み込んで響いている。例えるなら、嵐の夜。バリバリと鼓膜を引き裂くのが怖くて恐ろしくて、たいこうに擦り寄った。この際たいこうが狼だってどうでもよかった。たいこうも俺を包み込むように抱きしめてくれる。丁度胸のところに耳が当たっているらしくて、心臓の音が聞こえた。俺と同じぐらい、うるさくて早い。
｢もとだか｣
また名前を呼ばれた。嵐が止んだ。
抱きしめられた身体を解放されて目を合わせる
｢もう、大丈夫だから｣
ああ、全部理解した。
｢たいこうが、王子様なんだね｣
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作者名：細魚 | 作成日時：2021年6月27日 0時
