漆 ページ9
.
うつくし姫の父親は、ずっと見えていなかった娘の心の美しさに己を恥じ、
翌日の朝、挨拶をした後、バルコニーから飛び降りました。
うつくし姫の母親は、こうも立派な心持ちの娘を産んだ事を誇りに思い、
これだけで自分の役目は終わったと、朝食後、安らかに息を引き取りました。
うつくし姫の優しさを、曲ではとても表現できないと思った音楽家は、
それに釣り合うもの、即ち命よりも大切な、楽器を弾くための両手を切り落とし、うつくし姫に捧げました。
うつくし姫の勇敢さを、彫刻ではとても表現できないと思った彫刻家は、
それに釣り合うもの、即ち命よりも大切な素材を見極めるための目をくりぬいて、うつくし姫に捧げました。
けれど、誰もが命よりも大切なものを持っているわけではありません。
だからしぶしぶ彼らは、心ならずも、
こんなものでは全く釣り合わないと思いながらも、
うつくし姫に、自分の命を捧げました。
差し出された死屍累々を前にして、うつくし姫は嘆きました。
自分はこんなものを望んだ訳ではない。
お婆さんに、魔法を解いて貰おう。
ですが、お婆さんは既に、
命よりも大切な知識の詰まった自分の頭を、うつくし姫に捧げていたのでした。
しかしうつくし姫の美しい涙は奇跡を起こし、
お婆さんの生首は、一瞬だけ、息を吹き替えしました。
そしてうつくし姫に言いました。
「だったら旅に出なさい。」
「魔性を越えるお前の美しさの為に死んでしまう者を、
いつかは助けられるかも知れない。」
「その時まで、お前は人々から離れ続けなさい。」
「決して一つの場所に留まっちゃあいけないよ。」
「そしたらすぐに誰かがお前の元へ寄ってきて、
命を捧げようとするんだから。」
こうして、うつくし姫は死体に埋もれた国を出て、終わりなき旅に出たのでした。
行く道中、うつくし姫は、
とある一人の“鬼”と出逢います。
その出逢いは幸か不幸か
『うつくし姫』という名前を
彼と同じ『鬼』へと変え、
『鬼』となったお姫様は、独りぼっちとなりました。
「私は人間ですらなくなってしまった。」
「けれど、誰も助けられずに死ぬ事はなくなった。」
「私は罪を背負って、誰かを助けられるその日まで、
精一杯生きていこう。」
そう心に決めた彼女は、今も独り、夜をさまよっているのです。
*
62人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:妃薫。 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nakaharaty1/
作成日時:2018年3月12日 1時