壱 ページ3
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妃薫は黙考していた。
とあるビルチングの屋上の縁で片足立ちをし、煌々と明かりを灯しているヨコハマの街を見下ろしながら極めて憂鬱そうに──否、退屈そうに、ただ眼下の平和を眺めて居た。
第三者から見れば、月に照らされるその姿はあまりにも怪しく、そして美しかった。
しかしながら、真夜中のビルチングの屋上に彼女以外の人影がある筈もなく、彼女が其処に居たという事は誰にも証明出来はしない。
どんなに美しくとも、彼女は誰に見付けられる事はなく、誰に気付かれる事もないのだ。
今日此の瞬間までは、そうであった。
中原「手前が“鬼”か」
今にも飛び降りて仕舞いそうな彼女に、其れを留めるかの様に声を掛けた男が有った。
妃薫は首を僅かに動かし、男を視認した。そして再び視線を戻した。
中原「...答える気は無いってか？」
男は妃薫に近付きながら言った。
妃薫は目を向ける事もせず男に言った。
「貴方の言う“鬼”が私なのかどうかなんて知らないもの。私は妃薫と言う自分しか知らない。誰だってそうでしょ」
中原「可笑しな事を言う女だな。自分の通り名位聞いてるだろ」
「ええ、そうね。でもそれが本当に私の事かどうかなんて解らない。それが私だと証明できるものは何一つとして無い。其れがこの世界だから」
男は僅かに顔を顰めて、妃薫に言う。
中原「まぁ、そんな事ァ如何でも良いンだよ。うちの首領が、手前に会いたいそうなんでな」
「──
男──中原中也は、目を見開いた。
「それ位解るわよ。貴方、先刻から体が全くと言って良い程ぶれて居ないから。鍛えてる証拠ね」
中原「...理解が早くて助かるぜ。んで、来るのか来ないのかどっちだ？」
「行くなら早くして頂戴」
妃薫は息を吐き、至極面倒臭そうに言った。
中原は口角を上げ、屋上を跳んで、三つ隣の一番高いビルチングの窓から、其の中に入って行った。妃薫もトンッと軽やかに壁を蹴り、中に入って窓を閉めた。
妃薫は大人しく中原に着いて行った。途中構成員と見られる者達に訝しげな目で見られながらも、一切気に止めず、さながら従順な猫か何かの様に中原の後を歩いた。
そして、
鴎外「君が“鬼”で、間違い無いのだね」
ポートマフィア首領──森鴎外は、そんな彼女を見て、愉しそうに笑う。
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作者名：妃薫。 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nakaharaty1/
作成日時：2018年3月12日 1時
