16 ページ16
「Aちゃん、また明日！」
夕方、水平線に沈んでゆく太陽が辺りに橙の光を落としている。鳳邸に入っていくパパラチアの髪もそれを美しく反射していた。手を大きく振るお嬢様に、私も微笑んで小さく振り返す。
彼女は今宵いい夢をみることだろう。この一日、色んなことがあった。私自身も、お嬢様の楽しくてたまらないといった笑顔を久しぶりに拝見できたことはとても喜ばしい。
だが、今日一日、お嬢様の隣に立っていた天馬司という男。
__あいつ……。
自分の胸に濁った感情が滲んでくるのがみえて、表情に出てきてしまう前に押し殺す。今は、自分を隠すものがない。
しばらく待っていると車庫から兄が帰ってきた。兄は私の顔色を見て少し眉を下げる。
「兄さん」
「A、気にするな。あれはお前の責任ではない。私は、私達の誰かがお前の立場だったとしても、あの時完璧に対応はできなかったと思う。それに結果的には事件でもなかった」
「でも、私はお嬢様の『護衛官』です」
護衛官。代々鳳家の子女には護衛官が一人あてがわれる。鳳家に仕える家柄で、年齢が近く、性別も同じ者が選ばれることが普通だ。
それに対して護衛は、ある程度の年齢は加味されるものの、門戸や老若男女問わず、雇われている。
護衛官と護衛は役割が違う。もちろん、護衛官にも主人の護衛をすることは必須だが、その他にも精神的なケアや身体的奉仕等を、一番近くにいる者として行う必要があるのだ。
主人が成人するまで側で仕え、成人したらその手足として動き、自身の生涯を尽くして役に立つ。そしてその主人も、忠誠を誓った護衛官に応じて恩を返すのだ。
__でも、私は、今日お嬢様をお守りできなかった。結果的に何事もなかったけれど、もしそれが、そうじゃなかったらお嬢様は……。
顔をしかめて黙りこくる私に、兄は半ば呆れるように言う。
「お前は考えすぎなんだ。もう少し肩の力を抜け、じゃないと身体が持たないぞ。心身共に健康を保つことも仕事の一環だろう。……まぁ仕事人間にこう言っても意味がないことは知っているが」
「なんだ、よく分かってるじゃん」
こっちは何度も経験してるんでね、と返してきた兄にふっと笑いがこぼれる。顔のこわばりが取れて、少し心も和らぐ。
駅に向かう兄の背中を追って、私は鳳邸を後にした。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 25人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作成日時：2024年1月18日 22時
