。 ページ32
．
「川上さん、おはようございます」
「おはよ、A。まぁ、全然早ないけどな」
扉を開けて部屋を出ると、テレビの前に設置された小さな机で、丁度顔を思い浮かべていたAが俺に気づく。動作が大きくない彼女は小さく頭を下げると、すぐにまた机に広げていた宿題に手をつけ始めた。
あの子あんま口数多くないけど、仲良くしてやって。そんな風に言って苦笑していた伊沢さんが、今ではもう懐かしく感じる。仲が深まれば必然的に彼女の心も開けるかと思っていたが、どうにもそう単純なものでもないらしい。
いつもならそのまま自分のデスクに向かう俺だが、今日だけは気まぐれともで言おうか。ふと彼女ともう少し話してみたいという気持ちが芽生え、勉強の邪魔をしないよう、静かに正面の床に腰を下ろした。
「……面白いですか」
「ん？なにが？」
「これ、見てるの」
だが特に盛り上がりそうな話題を用意していなかった俺はすぐに手持ち無沙汰になり、机に頬杖をついて子供らしい筆圧の強い字を眺める。すると、意外にも彼女の方から俺に話しかけてくれた。
へぇ、珍し。いっつも無視すんのに。
「いや、全然」
「……」
「じゃあなんで見てんねん、って顔してんな」
「……」
「……＿＿＿なぁ、勉強、楽しい？」
そこで漸く、ピタリと彼女の手が止まった。言葉は無かった。けれど確かに、感じたんだ。彼女から、確かな動揺を。
伊沢さんが家に帰れる時間がどうしても遅い、ということで学校からここへ帰宅するようになったA。あの日からもう何ヵ月も経っているが、ここへ来るようになった彼女は大体いつも読書か宿題、勉強に勤しんでいる。
比較的彼女と打ち解けているように見える伊沢さん、山本、こうちゃん達でも、その間の彼女には気を遣って絶対話しかけなかった。
つまり、今回の俺の行動は彼女的にもイレギュラーだし、俺自身にとってもイレギュラーだった。いつもの行動から外れたんだ。いっそのこと、気になっていたこと全部、聞いてしまおうか。
「……なんか言えてない悩み、あるんやないの」
「……」
きゅっ、と唇を引き結び、Aは完全に鉛筆を止める。この子は遠くからみれば、物凄く分かりにくい。けれど一歩でも一定距離に入ってしまえば、驚くほど分かりやすいのだ。今だってそう。
→
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 578人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
白菜(プロフ) - 凛花さん» 気づくのが遅くなってしまってすみません！イラスト気づいて頂けましたか……！ご想像通りの八神ちゃんが描けていたみたいで良かったです！！ (2020年8月26日 22時) (
レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
凛花 - イラスト…イラストが…!!もう八神ちゃんですね…可愛い…私の想像した八神ちゃんだ…尊い…(語彙力低下) (2020年8月14日 23時) (レス) id: 0e33e6ca02 (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - るるあ。さん» ご指摘ありがとうございます！キーボードが押せてなかったのかもしれません…早急に直させて頂きました！るるあさんも体調管理には十分にお気をつけて！ (2020年8月8日 19時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
るるあ。 - ページ48の後半の「ひしひし」の部分、「ひしひ」になってます…いつも更新ありがとうございます！このご時世なので、お身体には十分お気をつけくださいね！ (2020年8月8日 15時) (レス) id: 807ddee245 (このIDを非表示/違反報告)
白菜(プロフ) - 藍知さん» Sgさんですよ…ほれほれ……() (2020年8月8日 13時) (レス) id: 367472b3a3 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
