蜜が6滴 ページ7
「い、いえ、その……何でもない、です」
『ならいいけど。……何だか動きが固くない？』
"え？"と竈門は素っ頓狂な声を上げる。
胡蝶と話しながらも、Aは硬い動きが気になっていた。
あんなんじゃやれることもやれない。無駄に体力を使う可能性だってある。
「……そうですかね？」
「言われてみれば……疲れが溜まっているんでしょうか？」
うーん、と竈門は胡蝶と共に首を傾げる。
『そうだ。僕で良ければ解そうか。』
「いやいやそんな！！大丈夫です！！」
『三姉妹みたいに痛くしないから、ね』
"それなら私はこれで"と胡蝶は退室し、Aはそそくさと準備を始める。
初対面であり上官であるAに、施術をしてもらうのは気が引ける。
けれど、人の善意を無下にするのは失礼だ。
『子供は大人に甘えるのも仕事だよ』
優しい父の影と重なる。
陽だまりのような微笑みはさながら父親のようで。
"長男だし"なんて廻っていた言い訳は消え失せ、自然とAの部屋に上がっていた。
胡蝶とは異なる薬品の匂い。
『はい、ここ寝転がって。服はそのままでいいよ』
「はい！えっと、お願いします」
『体の力抜いてね』
徐々に与えられる程よい刺激。
自分で思っている以上に体が疲れていたらしい。固まった筋肉が解されていくのがよくわかるほど、Aの腕が良かった。
長くかかると思っていたそれは、案外早く終わってしまった。
「すごい、さっきとは全然違う…！」
名残惜しい気持ちを抱えたまま起き上がると、明らかに体の感覚が違った。
先程まで重りを付けていたような気さえしてくる。
『余程疲れていたんだろうね。無理もない、十二鬼月と対峙したばかりなんだろう？』
「アゲハさんも知ってるんですか？」
『僕の鴉が教えてくれるんだ、今どこで誰がどんな鬼と_____って。』
バサバサと羽音を立てて真っ黒な鴉がAの肩に止まった。
そして、竈門に向かって会釈するかのように頭を下げた。
動物は飼い主に似るらしい。礼儀正しいAに似たのだろう、この鴉は誰にでもこのような態度をとるのであった。
竈門も倣って頭を下げる。傍から見たらおかしな光景だ。鴉に向かって頭を下げるだなんて。
「あの、ありがとうございました！」
『いや、いいよ。しのぶばかりじゃなくて僕のことも頼ってくれていいからね。』
再びAは微笑む。
その善意が嘘でないことは明白だった。
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作者名：諒 | 作成日時：2020年12月22日 19時
