蜜が37滴 ページ38
「今まで食べてきたのは皆女の子だった。どうして男の君が？」
『一族なんだから、会得するのは、当たり前……』
「偉いねぇ、流石は男の子だ」
きゅう、と蔓がAの首を絞めていく。
安心させるように童魔は背中を擦った。
先ほどまでなら振り切っていただろう。だが、もうそんな力はどこにも残っていなかった。
「君のご家族も可憐だったなぁ」
『……ッ母上は…一番美にこだわっていたから…姉上も、綺麗だった』
「うんうん、わかるよ。自慢のご家族だね」
目を瞑れば昨日のことのように思い出される、家族のこと。
剣術を厳しく教えてくれる母と、礼儀作法や勉学について付き添って教えてくれた姉。
父はまた別の鬼狩りとして、命を賭して戦っていた。
自分の家族を奪ったのは目の前の鬼なのに。同情されているのはひどく情けなく、腹立たしい。
今すぐ仕留めてしまいたい。けれど、無理なものは無理だ。
「すぐにでもしのぶちゃんや家族のもとへ連れていってあげるからね」
『……しのぶは、素敵な男性と結ばれて…普通の人生を歩むはずだったのに』
「来世は幸せになれるよ」
『…俺も、幸せに、なれるかなぁ』
思考がぼんやりとしていく。考えなくちゃいけないのに、何も案が思い浮かばない。
頭に浮かぶのは、家族と仲間のことばかり。
このまま死んでしまったら、皆悲しむだろうか。
蝶柱邸の皆は大丈夫だろうか。
こんな死に様、2人は許してくれるだろうか。
『同情されても、君のことは、許せないなぁ……』
「憎しみは健在？」
『もちろん、居間にでも殺してやりたいよ…ぅ、ぐぁ』
「悲しいね、涙が出るよ…苦しいよね、今すぐ解放してあげよう。何か残す言葉はあるかい？」
じわじわと体が飲み込まれていく。今までにない美味さに童魔は身震いした。
頭が痺れるような甘い味。こんなに濃い味がしたのは初めてだ。
最後の力を振り絞り、Aは日輪刀を握りしめる。
そして自分の胸に突き刺した。
『はは、一緒に死んでくれ、童魔…！』
「っと、痛いなぁ、勘弁しておくれよ」
次いで自分に刺された刀を抜いて床に落とす。刀は衝撃で砕けとんだ。
飲み込まれる最後のAの顔。それはそれは満ち足りた表情をしていた。
ポタリ、ポタリ。
赤黒い血は、毒となり体を蝕んでいく。
内臓が壊死していくのに童魔は気付いていないらしい。
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作者名：諒 | 作成日時：2020年12月22日 19時
