１．「俺、彼女が出来たんだよね」 ページ1
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春はなんだかウキウキするし、新しい何かが起こる気がしてなんだかそわそわする。
電車の窓から見えるいつも通りの代わり映えのしない景色も楽しくて、道端に咲いた桜の花も木々の緑も青い空もなんだかすごく綺麗で、
世界がカラフルに見えるから不思議だと思う。
「あーねみい」
『昨日夜更かししたの？』
「電話してて気づいたら朝だった」
『ばかじゃん』
「うるせー、Aに言われたくないんだけど」
と言って私の頭をすごく軽くたたくのは、幼なじみのドンちゃん。
私を角に追い込んで守るように窓に手をついて、
片方の手で器用にスマホをいじっている。
ふわふわの茶色い髪が電車と一緒に揺れた。
眠そうに開ききっていない瞳でもカッコイイと思うんだから私はそれなりに重症である。
『誰と電話してたの？ジェミン？』
「違う」
『じゃあロンジュン？ジェノ？』
「あいつらとは毎日会ってんのにそんなに話すことないだろ」
『それはそうだね』
じゃあ誰と？と聞こうとしたら先にドンちゃんが口を開く。
「俺、彼女出来たんだよね〜」
その瞬間に電車が大きく揺れて、ドンちゃんの顔がグッと近づく。
白いシャツの首元からふわっと今まで嗅いだ事のない甘い香水のかおりがして、心臓が大きく息を立てた。
バクバクと自分の心臓の音がうるさくて、
ドンちゃんが話している声が耳に入ってこない。
ドンちゃんの好きな食べ物も嫌いなものも、一年最後のテストの点数も、赤点を取った数も、小さい頃怖かったものも、全部全部知っているのに、
柔らかく香る香水の匂いも、
彼女の話をする優しい笑顔も、
知らない。
そんなの一個も知らない。
鼻の奥がツンと痛んで目頭がじわじわと熱くなっていくのを感じる。
やばい、と思った時には涙が一粒零れてしまったけど、楽しそうに話すドンちゃんはそんな私に気づいていないようだった。
今までだったらすぐに気づいて
「なに泣いてんの、泣き虫」
って涙を拭ってくれたのに。
それ以上は零れてしまわないように、
グッと我慢をして涙を必死に堪えた。
ねえドンちゃん、心臓が痛いの。
ねえ苦しいの。
ねえ、ドンちゃん、気づいてよ。
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作者名：ロク | 作成日時：2022年5月8日 2時
