＊ ページ29
「どうしたん、逃げんといて」
「い、や、だって、校則違反やで」
「いやいや、ルール破るのも楽しいで？イメチェンってやつや、たのしも」
「いやほんと、無理やって、」
必死に抵抗する私を押し倒し、一人の女が私の上に跨った。そしてぎゅうぎゅうと私の髪を引っ張る。何人かがバケツに水を汲み、こちらにやってきた。私の顔面にばしゃ、と冷たい水がかかる。それを確認し、カラーリング剤で私の髪を乱暴に染め上げた。
「ねえ、それ何色なん？」
「緑」
「マジか、まあ元から茶髪やったし似合うんとちゃう？」
「ね、似合うわ。」
5分ほど経つと、彼女らは先ほどと同様に、私に水を掛けてくる。そして水を掛け終わると、彼女らは「またな」と言い、屋上を後にした。
ぽたぽたと自分の髪から落ちてくる水滴を人差し指で受けた。それを適当に拭い、鞄からタオルを取り出す。ぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き混ぜるように拭いていた。
半乾きの髪を、くしで梳かし、それらを鞄に突っ込む。そして傷だらけの足をかばうようにして立ち上がり、屋上の扉を開けた。
下の階へ続く階段を一段、一段、降りていく。もう、なんだかたまらなくなって、自分の髪をぎゅう、と引っ張った。もう痛みすら感じなかった。
ふと、カツンと、音が鳴った。そちらを見てみると、トントンがいた。彼は踊り場から窓の外をじっと見つめていた。通った鼻筋に、白い肌、爛々と輝く蛇眼、そして平均より少し高い背。すべてに目を奪われる感覚、私は階段を下る事すら忘れ、彼の事を見つめていた。
綺麗だと思った。自覚した、多分、私は。
すると彼は私に気づいたのか、くるりと振り返る。そして私の姿を見て、小さくため息をついた。
「トントン、何してるん？」
「夕日見とった」
「…綺麗やね」
私はへらり、と笑ってみせる。すると彼は怪訝そうな顔をした。
「髪、染めたん？」
「まあ、」
「似合わんなあ、緑」
先ほどの表情はどこへやら、彼はふふ、と口元に手を添え、微笑む。そんな彼の顔を見たのは、4年ぶりくらいで、思わず私は、ぽろり、ぽろりと、涙を流した。
とめどなく溢れる涙を、どうしようもない孤独感を、私は持て余していた。手首でぐい、と涙を拭う、それでも涙は止まらなかった。涙は頬を伝い、口内に入ってくる。ちょっぴり塩辛く感じた。彼は泣きじゃくる私を、ただ、見つめていた。
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