＊ ページ19
「なげつ」
彼は小さく言って、私の目元を拭う。なんだっけそれ。もう思い出せないよ。キリンさんに教えてもらったのに、なんで私はこんなに。
「大丈夫、だぁいじょうぶ」
落ち着いた声だ。
涙は自然と引いていく。彼は緩く微笑んで、私の頭を抱き込んでくれた。
近くに彼の心臓の音がする。まるでそれに共鳴するかのように、私の心拍も足を早めた。
「私は、おとなになりたいんです…っ」
「うん」
彼の温度に安心して、思わず口が滑る。それでも彼が淡々と返してくれるからもう止まる気がしなかった。
「早く大人になって、キリンさんの隣に立ってもおかしくないくらいっ…！」
「…うん」
「だから、わたし…！」
「………うん」
静かに聞いてくれる彼。泣きわめく私はやっぱり子供で。
どうしても、届かないのだ。
「ねえ…キリンさん」
「ん？なした？」
「今日、なんの日か知っていますか…？」
私は大人にならなくちゃいけない。
だからもう、怯えてなんていられない。
言いたいことがあったら伝えないと、きっと全然進めない。
彼はゆっくりと私を離す。顔を見るのが怖い。
それでも彼がその耳心地のいい声でカウントを開始するなら、私は顔を上げるしかない。
「さん、にー、いち」
「っ！」
まるでそれは魔法のようで、タネも仕掛けもバレバレな、だけど私だけは確実に笑顔にする。そんな汎用性のない魔法。
目に前に現れたのは可愛いピアス。黄色い石がはまったキラキラ輝く一等星だ。
私がそれを恐れ多くも受け取ると、彼は「きっと似合う」と口角を上げた。
こんなにも君が眩しい。
なんで、どうしてなんて疑問は声にならない。ただ口を開閉させていると、彼は「ははは」と笑った。
「ありがとう、ございます…っ」
精一杯に絞り出せたのは感謝だけ。もうそれ以上は嗚咽に飲まれて出てきやしない。
いいじゃないか。子供でも。
子供だって子供なりに頑張れば。
「おじさんからもらったっていうのは秘密、ね？」
いたずらっ子のように笑って君は人差し指を唇にあてがう。私がそれに対して必死に頷くと、彼はまたわしゃりと頭を搔き撫でてくる。なんだか、幾分か距離が短くなったような気がする。これが私の幻想だと言われたら泣きそうだ。ああ、もう泣いてるか、と開き直れる時点で成長があったと言ってもいいんじゃないか？
「ハッピーホワイトデー」
こんな日におじさんでごめんね。
君は何も知らない。
私の、何も知らない。
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