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「......あのさ、」
流れる車を見つめたまま、海人くんが言う。
「寒いね」
「え?うん」
「......入る?」
海人くんがコートのポケットに入れていた手を曲げて、その中を広げて見せてきた。
何を言っているのかすぐにはわからなくて、思わず顔を見ると、海人くんは私を見つめ返して、ふふっ、と笑った。
「あったかいかもよ?」
ポケットに手を入れてごらん。
そう言っているのだとようやく理解して、そっと手を差し出した。
私の手を取り、ポケットに入れて、海人くんが顔をくしゃっとしかめる。
「あー、Aちゃんの手、つめてぇー」
ポケットの中で手をぎゅっと握られて、手とは反対に、顔が熱くなった。
「......海人くんの手はあったかいね」
「でしょ?待ってて、俺のほうが勝つから」
「勝つ?」
「そう!すぐにあったかくしてやるよ」
「それって勝ち負けなの?」
ふたりして笑っているうちに、信号が青になった。
肩を寄せ合い、横断歩道を渡って、すぐにマンションの前に着いた。
その間、手はポケットの中で繋がれたままだった。
冷たかった私の手は、徐々に温まって、やがて冷たくなくなっていた。
海人くんの言うように、海人くんのあたたかさが、勝ったのだ。
「いつもありがとう。送ってくれて」
「どういたしまして」
エントランスの灯りの下で、なんとなく向き合ったまま、私と海人くんは離れられないでいた。
手をポケットから出すタイミングも、「またね」と切り出すタイミングも、背中を向けて歩き出すタイミングも、自分たちではもう、よくわからなくなっていた。
「あの......風邪ひかないようにしてね、寒いから」
「うん。Aちゃんもね」
「あと、えっと......あ、あの店長さんにもよろしくね」
「うん、言っとく。ていうかまた一緒に行こう」
「そうだね。......えっと、あと、それから......」
「......Aちゃん、」
ポケットの中の手を、海人くんがぎゅっと握り直した。
そのまま顔が近づいてきて......キスされた。
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作者名:えみゅ | 作成日時:2023年1月13日 22時