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『廉くん、もしかして...』
「うん。おまえんちの前におる」
『本当？ちょっと待ってて』
「いや、出てこんでええから」
見えないけれど、慌てて上着を探すAの姿が容易に想像できて、それを制した。
「風呂上がりやし、冷えるやん」
『でも、せっかく来てくれたのに』
「ええから。ちょっとだけ話したらすぐ帰るし」
『そっか...わかった』
聞き分けのいいAに安堵して、アパートを見上げる。
この部屋のどこかにAがいる。
そう思うだけで、不思議とすぐそばに気配を感じられた。
こんなに近いのに、まだ触れられない...
まるで今の俺らみたいだなぁ、なんて。
『私も連絡しようと思ってたんだ』
「そうなん？」
『さっき、嘘ついちゃってごめん』
「嘘？」
『あのリング...自分で買ったって、嘘を』
「あー」
そんなこと、わざわざ自分から掘り返さなくてもいいのに。
律儀なAらしくて、ちょっと笑える。
「あれはしゃあない。逆の立場やったら俺でもそう言ってた」
『うん...』
「あのときの紫耀、なんかおかしかったもんな」
『そう...かな』
「...まあ、紫耀の気持ちもわかるけど」
あのときの、あの無理に笑っていた紫耀の気持ちが痛いほどわかる。
俺と一緒にいるAを見て、焦りや苛立ち。落胆。自分に対する不甲斐なさ。
紫耀らしくもないマイナスの思いが、胸を駆け巡ったに違いない。
今までの俺が、そうだったように。
「あのさ...聞いてええ？」
『うん』
「岸くんのことは...もうふっきれた？」
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作者名：えみゅ | 作成日時：2022年10月29日 23時
