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「楽しかったねー」
「うん」
「またみんなで行けたらいいね」
そう言うAちゃんの横顔は、そんなふうには思っていないって顔。
こんな顔は何度か見たことがあるから、すぐにわかってしまう。
何でもないような顔の裏では、本当は違うことを考えてる、ってこと。
そしてそれはきっと、宮近先生絡みに違いない、ってこと。
「......Aちゃん」
静かに声をかけると、Aちゃんは無言で俺を見返した。
「今、何考えてるの?」
このクッキーを渡すために俺を呼び出したはずはない。
きっと何か言いたいことがあるはずだ。
「俺、何でも聞くって言ったよね」
「......」
「俺の思い過ごし......じゃないと思うんだけど」
「......」
「......」
無理に聞き出したいわけじゃないけど、言ってほしい。
そのために呼ばれたのだとしたら、力になれるかもしれないってことだから。
「......言いたくないなら、後で電話でも......」
「ごめんなさい」
やっと聞けたそのひとことは、俺の予想の範疇外で。
驚いて見た横顔は、枯れゆく花のようにしゅんと萎れて小さくなる。
「......私、松倉くんに謝らなきゃいけないことしちゃった.....」
「謝らなきゃいけないこと......?」
「.......指輪をね、見られちゃって.......」
Aちゃんが、そっと自分の左手をさする。
実際に指輪はなかったけれど、俺がまだ見たことのない結婚指輪が、その薬指に見えるようだった。
それから、昨日起こった出来事を、Aちゃんは終始落ち込んだ様子で話してくれた。
指輪をつけているときにたまたま元太に会って、見られたこと。
それは誰に贈られた指輪なのかと元太に迫られて、パニックになったこと。
本当のことを話すわけにもいかず、咄嗟に思いついたのが俺だったこと。
後になって事の重大さに気づいて、どうしていいかわからなくなってしまったこと。
おそらく元太は、指輪を見て焦ったんだろうな。
問い詰めてどうしようなんて考えてなかったところに、返ってきたのが俺の名前。
その夜は眠れなかったんじゃないかなと思うと、ちょっと気の毒になった。
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作者名:えみゅ | 作成日時:2023年5月25日 21時