最後の、日常の音がする ページ7
確実に近づいて来たその足音を、私はグラスを拭く手を止めずに静かに聞いていた。
その不規則な靴底の音からして、比較的大人数の来店だろう。途切れない足音以外は、奇声も何も聞こえなかった。未だ開店時間を過ぎたばかりだと言うのに、団体客が来るとは珍しい。
前にこんなことが起こったのは、初めて彼らと出会ったあの日だったよな。
あの時の私は、彼らだと認識するまで、団体客は忙しくなって嫌いだから帰って欲しいなんて思っていて。階下のチェーン居酒屋を心の中で勧めたり、大人数お断りの看板を掲るべきだったと後悔したりしてたっけ。…全く、今となっては恥ずかしくて仕方がないほどに腐っていたなあ。
けれどあの時も、自分なりに一生懸命生きていたことに変わりはない。だからそれで良いのである。そう自分の中で完結させたところで、ふと足音が店の前で静まった。直後、徐々に重く閉ざされていた扉が開かれていく。私は拭いていたグラスをそっと置き、入口の方向に身体を向けた。
「いらっしゃいませ。」
廊下から漏れる眩しい光に、相変わらず来客の姿はよく見えなかった。廊下の蛍光灯が眩し過ぎるという問題を、最後まで口にすることは無かったな。
そんなことを考えながら、私は挨拶と共に頭を下げた。落とした視界の隅に映る靴の数をそっと数えると、来客は全部で六人のようである。
それならば、あそこのボックス席に通そう。そう思ったところで、私の思考はふと止まった。私の目が捉えたその靴たちは、今まで何度も目にしたことのある姿形をしていて。
…まさか。
そう思った時には、もう答えなんて出ているようなもので。
「こんばんは、Aさん。」
春の日差しのように、柔らかい声がした。まるで全てを包み込んでしまうように優しくて、それでいて何処か落ち着きのある声。こんなに聞き慣れたその声の持ち主を、私が間違えるはずもない。
思わず込み上げそうになった涙を飲み込むようにして、私は顔を上げた。捉えた視線の先には、愛しい彼らの姿があって。
「こんばんは、此方へどうぞ。」
私は笑顔で、ボックス席へ掌の先を向けた。少し遠いその席では此処から会話をすることが出来ないけれど、彼らの姿を見れただけでも十分である。
そう思った瞬間、伊沢さんと視線が結び付いた。そして私の気持ちの全てを汲み取ったように、僅かに頷いて。
「今日は、カウンターでも良いですか。」
目尻に滲む彼の優しさに、私は何処までも助けられてしまうのだ。
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ﾎｼｲｽﾞﾐ。(プロフ) - 初めまして、この作品を読ませていただきました。綺麗で儚い世界観に引き込まれっぱなしでした！夢のようで、どこかもどかしい展開に焦らされながら、オチの付け方に感動しました。最高の作品を見つけてしまいました。この作品を生み出してくださったことに感謝です。 (2021年8月8日 15時) (
レス) id: 4988fec2c7 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - めのさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！そんな嬉しいお言葉を頂けることが、何よりのモチベーションになっています（；；）本当にありがとうございます！長い時間軸での展開になると思いますが、良ければ短編集もよろしくお願い致します…！ (2020年12月28日 0時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
めの - 完結ありがとうございます！これから短編集も始まるとのことで終わりが来ることが怖かったのですが、安心しています。これからも応援しています。 (2020年12月27日 19時) (レス) id: 38bfafd10d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - おとなりのトロロさんさん» こんにちは、コメントありがとうございます！二度も素敵なお言葉を下さり、そして結末に満足して頂けたことが何より嬉しいです（；；）本当にありがとうございました。お時間が有れば、今後ともよろしくお願い致します…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - やまもとさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！貴方様の言葉一つ一つが澄み渡っていて、コメントを読んでいて泣きそうになりました（；；）長い間、本当にありがとうございました…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：萌衣 | 作者ホームページ：
作成日時：2020年11月24日 8時
