夏の足音を迎えに行こう ページ24
今朝の大雨が、路肩に咲く紫陽花を瑞々しく光らせている。…全く、梅雨は髪の毛が乱れるから嫌いだ。日本が高温多湿なことをすっかり忘れて、髪を巻いてしまったさっきの自分が恨めしい。
そんなことを思いつつ、足取りは一段と軽かった。こんな季節に触れたのも、この道を歩くのも実に三年半ぶりである。久しぶりに見る景色は、予想以上に懐かしくて何だか込み上げて来るものがあって。
街行く人の日本語にすら感動を覚えながら、私はそのビルの中へと足を進めて行った。開いていたエレベーターに乗り込み、鏡で前髪を整える。ふんわりと巻いたはずの髪はすっかり原型を失っていて、私は仕方が無く左へと毛流れを揃えた。同時にエレベーターの動きが止まり、ドアが開く。
懐かしい光景が視界に飛び込んで、私は呼吸も置かずにその扉を押し開けた。
「すみません、未だ営業時間じゃ……。」
優しげな暖色の照明、聞き飽きたはずのピアノミュージック。落ち着きと温もりを一色淡にしたその声の方向を見て、バーカウンターの奥に居る彼と目が合って。
「店長、こんにちは。」
「えっ、A…！？」
まるでYouTuberのドッキリと言わんばかりの登場に、彼は瞳を見開いて言葉を失っていた。扉が重々しい音を立てて閉まると同時に、窓の外から柔らかな春風が頬を撫でる。
「無事、日本に戻って来ました。」
その言葉を口にした瞬間、実感が形となって心に湧き出て来て。私は、抑えることなく喜色が現れた表情で、先に立つ彼の目をしっかりと捉えた。
「はは、驚いた。帰るなら一報くらい入れてよ。」
半ば呆れた表情で笑いながら、彼は少し高級な赤ワインを私に差し出した。遠くの空には、少しずつ夕焼けのオレンジが空を侵食し始めている。
「ふふ、すみません。サプライズです。」
「…全く。歳なんだから、腰抜かすかと思ったよ。」
そう言った彼は、慣れた手つきで生ハムに包丁を入れ始めた。相変わらずチャームで生ハムを提供していることに、何だか安堵感すら覚えてしまう。およそ三年半ぶりとは言え、入院中より格段に血色は良くなり、余裕の有る微笑を浮かべるその姿に私は、老いを感じるどころか若返りさえ疑ってしまうほどだった。
グラスに口付けて、それから店内をぐるりと見渡す。あの時から殆ど変わらない内装や物の配置が、目に滲むほど懐かしい。自然と吊り上がってしまう口角をそのままにしていると、彼が何気なく口を開いた。
「彼らとは、もう会った？」
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ﾎｼｲｽﾞﾐ。(プロフ) - 初めまして、この作品を読ませていただきました。綺麗で儚い世界観に引き込まれっぱなしでした！夢のようで、どこかもどかしい展開に焦らされながら、オチの付け方に感動しました。最高の作品を見つけてしまいました。この作品を生み出してくださったことに感謝です。 (2021年8月8日 15時) (
レス) id: 4988fec2c7 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - めのさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！そんな嬉しいお言葉を頂けることが、何よりのモチベーションになっています（；；）本当にありがとうございます！長い時間軸での展開になると思いますが、良ければ短編集もよろしくお願い致します…！ (2020年12月28日 0時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
めの - 完結ありがとうございます！これから短編集も始まるとのことで終わりが来ることが怖かったのですが、安心しています。これからも応援しています。 (2020年12月27日 19時) (レス) id: 38bfafd10d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - おとなりのトロロさんさん» こんにちは、コメントありがとうございます！二度も素敵なお言葉を下さり、そして結末に満足して頂けたことが何より嬉しいです（；；）本当にありがとうございました。お時間が有れば、今後ともよろしくお願い致します…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - やまもとさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！貴方様の言葉一つ一つが澄み渡っていて、コメントを読んでいて泣きそうになりました（；；）長い間、本当にありがとうございました…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：萌衣 | 作者ホームページ：
作成日時：2020年11月24日 8時
