それは明日へと続く旅路 ページ3
彼はそれ以上、何も言わなかった。言葉を探すこともしなかった。無音、という表現が似合わないほどの静寂だった。今に限って、風の吹く音や路上の若者の声の一つも聞こえない。まるで海の底に沈んでしまったように、二人の間は閑散としている。
自分自身、あんな怒号を発してしまったことに驚いた。これほどまで高ぶった感情を向ける相手が、今までいただろうか。そこまで本気になれることが、今まであっただろうか。
随分小さくなった氷が、再び音を立てて崩れ落ちた。
「私、留学に行くんです。」
その言葉を皮切りに、私はガタッと椅子の音を響かせ、立ち上がった。外からクラクションの音が聞こえて来る。触れていたグラスを持ち上げ、カウンターの奥へと足を進めていく。視界の隅で彼は、目を丸くして私を見つめていた。
「もっと立派なバーテンダーになる為に、頑張りたくて。」
丸くなった氷をシンクに落とし、洗剤を手に取った。忽ち、真っ白でキラキラとした泡がグラスを包んでいく。
続けて私は、自分が臨時店長であることや店長が来月には復帰すること、それとともに私はこの店を辞めることを包み隠さず話していった。店長のことはもしかしたら須貝さんや山本さんが話しているかな、とも思ったが、彼の反応を見るにどうやら初耳だったらしい。
「…そっか。寂しくなるね。」
全てを話し終えた後で、彼は眉尻を下げて笑った。明るく努めようとしたが故の笑顔が、更に切なさを増している。
そう思って貰える人が居るなんて、私は幸せ者だな。心の奥からさっきとは違う感情が高ぶり、手指の先まで血液の巡りを感じる。
「自分の人生を頑張りたいと思えたのは、QuizKnockの皆さんのおかげです。」
自然と、その言葉が出た。
「大好きな皆さんとこうして出会うことが出来て、本当に幸せでした。」
私は、彼の瞳を真っ直ぐ見つめた。肩の荷が下りたように、ふっと柔らかく表情が緩む。
「これからもずっと、私はQuizKnockのヲタクでい続けます。」
その言葉と共に、私はスマホの画面を彼に向けた。彼が私に対して正直になってくれたから、私もその誠意に応えたかった。そこに映る自分たちの姿を見て、彼は驚き、やがてその瞳を温かく滲ませた。
「Aさんは、本当に素敵な人だよ。」
その言葉の意味は、私に優しく伝わって。
「この話は、全部私たち二人の秘密にして下さいね。」
そう言って人差し指を立て、私たちは宵闇の中で微笑み合った。
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ﾎｼｲｽﾞﾐ。(プロフ) - 初めまして、この作品を読ませていただきました。綺麗で儚い世界観に引き込まれっぱなしでした！夢のようで、どこかもどかしい展開に焦らされながら、オチの付け方に感動しました。最高の作品を見つけてしまいました。この作品を生み出してくださったことに感謝です。 (2021年8月8日 15時) (
レス) id: 4988fec2c7 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - めのさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！そんな嬉しいお言葉を頂けることが、何よりのモチベーションになっています（；；）本当にありがとうございます！長い時間軸での展開になると思いますが、良ければ短編集もよろしくお願い致します…！ (2020年12月28日 0時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
めの - 完結ありがとうございます！これから短編集も始まるとのことで終わりが来ることが怖かったのですが、安心しています。これからも応援しています。 (2020年12月27日 19時) (レス) id: 38bfafd10d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - おとなりのトロロさんさん» こんにちは、コメントありがとうございます！二度も素敵なお言葉を下さり、そして結末に満足して頂けたことが何より嬉しいです（；；）本当にありがとうございました。お時間が有れば、今後ともよろしくお願い致します…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - やまもとさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！貴方様の言葉一つ一つが澄み渡っていて、コメントを読んでいて泣きそうになりました（；；）長い間、本当にありがとうございました…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：萌衣 | 作者ホームページ：
作成日時：2020年11月24日 8時
