終点 ページ19
「…綺麗な色。」
数時間置き去りにされて、湿り気の強くなったコースターの上。私が置いたグラスを見て、彼はそっと、独り言と呼ぶに相応しい口調で呟いた。黄金色に光るカクテルは透明度が低く、グラスの底が見えないでいる。
「ありがとう、Aさん。頂きます。」
彼は笑顔のままで、ゆっくりとグラスに口を運んだ。卵黄を混ぜた癖の強い味で、好き嫌いが分かれるこのカクテル。彼が好きな甘さも無ければ、比較的ポピュラーな爽やかさも一切存在しない。そこにあるのは名前の通り、目が覚めるような力強い風味だけである。
「わあ、美味しい。」
彼はいつもと変わらない笑顔で、その味を舌全体で感じていた。本当は吐き出したいほど嫌いな味かもしれない。馬鹿にしているのかと怒りたくて仕方が無いかもしれない。その笑顔の裏にある感情なんて、八百万において未熟な私に分かるはずがなかった。
…けれど。唯一言えるのは、太陽のような笑顔を浮かべる君が、私は大好きだと言うことで。たったそれだけで、私は全てが満たされるような気がしたのである。
「不思議な味がして、何だか楽しいね。」
その言葉に微笑を返し、私は出番を終えた皿たちの片付けを始めた。
店内に鳴り響く音楽に耳を傾けながら、静寂に思いを寄せる。彼は何を話すでもなく、時々目が合う私に微笑み掛けながら、グラスに口付けていた。しかし普段感じないような静けさが、今夜ばかりは心地良かった。
彼は鈍い速度で、カクテルを飲み進めて行った。それは過ぎ行く時間が惜しいのか、単純に苦手な味だったのかは分からない。しかし、明らかにいつもの何倍も遅い減り方であって。
「ありがとう、ご馳走様でした。」
時間をかけて色を失ったグラスを、そっとコースターの上に置く。彼は音を立てて椅子を引き、ゆっくりと立ち上がった。
終わりの合図が響き渡る。彼はそれ以上、何も言わなかった。ただいつものように微笑んで、いつものように入口へと足を進めていく。
「ありがとうございました。……また、お待ちしています。」
愛しいその後ろ姿に、私は深々と頭を下げた。言葉に出来ない感情が私の脳内から溢れ出し、喉元がぐっと熱くなる。
「Aさん。」
少し遠くから、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。驚いた表情と共に、顔を上げる。するとそこには、ドアノブを握った彼が、真っ直ぐに私の瞳を捉えていて。
「またね。」
揺れ動く視界の中、向日葵のような笑顔で彼は出て行った。
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ﾎｼｲｽﾞﾐ。(プロフ) - 初めまして、この作品を読ませていただきました。綺麗で儚い世界観に引き込まれっぱなしでした！夢のようで、どこかもどかしい展開に焦らされながら、オチの付け方に感動しました。最高の作品を見つけてしまいました。この作品を生み出してくださったことに感謝です。 (2021年8月8日 15時) (
レス) id: 4988fec2c7 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - めのさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！そんな嬉しいお言葉を頂けることが、何よりのモチベーションになっています（；；）本当にありがとうございます！長い時間軸での展開になると思いますが、良ければ短編集もよろしくお願い致します…！ (2020年12月28日 0時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
めの - 完結ありがとうございます！これから短編集も始まるとのことで終わりが来ることが怖かったのですが、安心しています。これからも応援しています。 (2020年12月27日 19時) (レス) id: 38bfafd10d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - おとなりのトロロさんさん» こんにちは、コメントありがとうございます！二度も素敵なお言葉を下さり、そして結末に満足して頂けたことが何より嬉しいです（；；）本当にありがとうございました。お時間が有れば、今後ともよろしくお願い致します…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - やまもとさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！貴方様の言葉一つ一つが澄み渡っていて、コメントを読んでいて泣きそうになりました（；；）長い間、本当にありがとうございました…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：萌衣 | 作者ホームページ：
作成日時：2020年11月24日 8時
