紡いだ糸の先に待つ未来 ページ12
「…ふふ、伊沢さんでしたか。」
盛り上がる彼らの姿を背景に、彼がグラスを片手に立っていた。この店で、彼にこうして話し掛けられることはもう三度目になる。毎度絶妙なタイミングで現れる彼が可笑しくて、私はクスリと笑ってしまった。
「えっ、何で笑ったの。」
「あはは、今日は泣きも怒りもしてないですよ。」
悪戯な言葉と共に、私は微笑を浮かべた。なんて生意気な台詞だろう。しかも伊沢さんを相手にそんなことを言える日が来るなんて、一年前の自分じゃ想像すら憚られることである。
「はは、参ったなあ。」
彼は空いていた右手で頭を掻きながら、そう言って愛嬌良く笑った。相変わらず目尻に浮かぶ皺が輝かしい。そんな表情に、私にまでさざ波のように微笑みが広がって来る。
僅かに残るカクテルが、月光を受けて明度を増している。穏やかな空気のままで、彼はぽつりと言葉を零した。
「ここに来てももうAさんと会えないなんて、寂しくなるなあ。」
それは向こうの盛り上がる声に掻き消されてしまうほど、小さくてか細い声だった。少し気が抜けていたら、こんなに近い距離にいる私でもきっと聞き落としていただろう。バッシングの手を止めてその顔を見上げると、彼は窓の外の景色を見つめていた。向かいのビルに灯る幾つもの人工的な明かりが、その綺麗な瞳に映り込んでいる。
「そう言って頂けて、嬉しい限りです。」
その言葉を貰える喜びも、その事実の前では一直線に喜ぶことが出来なくて、私はそんな他人行儀な言葉でしか返すことが出来なかった。自分で決めた別れも、結局のところそれは惜別に過ぎないのである。
二人の間に、食器同士が重なる音だけが響き渡る。気付けば他人の声なんて、聞こえなくなっていた。月に雲が差し掛かり、店内に広がっていた月明かりが少しずつ失われていく。
「…ねえ、ダメ元で言うけどさ。」
暗雲が立ち込めたその空気に包まれるように、彼は再び口を開いた。決して聞き取りやすいとは言えない声量で、落ち着いた声色の音が私の耳へと伝わって来る。
少しの静寂を過ごした後、彼は一筋の糸を紡ぎ出すように言葉を発した。
「Aさん、QuizKnockの一員になる気はないかな。」
思わず動かしていた手が止まり、私は反射的に顔を上げた。彼の真っ直ぐな視線が、嘘も冗談も存在しないことを物語っている。誰でも良いからスカウトして欲しいと思っていた伏線が回収される日が来るなんて、一体誰が想像していただろうか。
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ﾎｼｲｽﾞﾐ。(プロフ) - 初めまして、この作品を読ませていただきました。綺麗で儚い世界観に引き込まれっぱなしでした！夢のようで、どこかもどかしい展開に焦らされながら、オチの付け方に感動しました。最高の作品を見つけてしまいました。この作品を生み出してくださったことに感謝です。 (2021年8月8日 15時) (
レス) id: 4988fec2c7 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - めのさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！そんな嬉しいお言葉を頂けることが、何よりのモチベーションになっています（；；）本当にありがとうございます！長い時間軸での展開になると思いますが、良ければ短編集もよろしくお願い致します…！ (2020年12月28日 0時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
めの - 完結ありがとうございます！これから短編集も始まるとのことで終わりが来ることが怖かったのですが、安心しています。これからも応援しています。 (2020年12月27日 19時) (レス) id: 38bfafd10d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - おとなりのトロロさんさん» こんにちは、コメントありがとうございます！二度も素敵なお言葉を下さり、そして結末に満足して頂けたことが何より嬉しいです（；；）本当にありがとうございました。お時間が有れば、今後ともよろしくお願い致します…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - やまもとさん» 初めまして、こんにちは。コメントありがとうございます！貴方様の言葉一つ一つが澄み渡っていて、コメントを読んでいて泣きそうになりました（；；）長い間、本当にありがとうございました…！ (2020年12月25日 21時) (レス) id: 0ba93f8ed3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：萌衣 | 作者ホームページ：
作成日時：2020年11月24日 8時
