思いを落としたカクテルカラー ページ7
「ご注文、お決まりですか。」
「ああ、えっと、マルゲリータとチーズの盛り合わせと、それから…。」
私が問い掛けると、彼らを代表して福良さんが幾つかの料理名を口に出した。問い読みの時のように落ち着いた声色と眼鏡越しに見える優しさを滲ませた眼が、吸い込まれそうなほど透き通っている。
「お料理、全部で八品で宜しかったでしょうか。」
丁寧に繰り返される注文に、彼らは揃って頷いた。バーで居酒屋のように食べ物を多く注文する人は滅多におらず、彼らがこういう場に慣れていないことを物語っていて何だか微笑ましい。
きっと分からないという状況にも、新しい体験だと感じながら楽しさを見出しているのだろう。長いことファンをしていれば、それくらい分かる。これほどまで汚い世間に揉まれ、逆境もたくさんあった中で、良くここまで真っ直ぐ生きて来られたものだ。
彼らを見ていると、尊敬の気持ちと同時に自分の不甲斐なさに嫌気も差してしまう。
「お飲み物は、いかがですか。」
いや。折角大好きな人たちと貴重な時間を過ごせているのに、そんな重たい感情を思い出している余裕はない。頭の隅に現れようとしたその感情を押しやって再び問い掛けると、彼らは顔を見合わせ、それから伊沢さんが困ったような笑顔を浮かべた。
「恥ずかしながら…こういう場で何を飲めば良いのか、分からないんです。」
無知ですみません、と付け加えた彼に、私はゆっくりと首を横に振った。変に格好つけたり知ったかぶりをしない素直さを持つことは、簡単なようで難しい。頭の良さだけでなく、そんな人間性までもが、私が彼らの虜になっている理由の一つなのである。
「では、私にお任せください。とっておきのカクテルをお作りしますよ。」
そう言って微笑むと、彼らは口々に感謝の言葉を述べて軽く頭を下げた。
カウンターに戻り、迷うことなくリキュール瓶を手にしてシェイカーに注ぎ入れる。一人前なんて程遠いものの、長年バイトをしているだけあってバーテンダーと名が付くこの仕事を、私は気に入っている。一杯のカクテルを差し出すことで、何かのキッカケになったり、思いが届いたりすることだってある。不器用な人間のための、たった一つの冴えないやり方…なんて、言ってみたりして。
遠目に私を見る彼らの視線を感じながら、私は振ったシェイカーからその液体をグラスへ注ぎ込んでいった。半透明ながら黄色に色付くそれは、まるで今の私の気持ちを体現しているようだった。
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時