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独りよがりに不変を望んでいた ページ43

たった数分の静寂が、私にとっては恐ろしいほど長く感じられた。それはバックミュージックが無いという単純明快な理由だけではなく、この店で自分がドリンクを待っている状況や、伊沢さんにもてなされているこの現実に、体が落ち着くことを許さなかったのであろう。じっと待つことなんて出来なくて、見慣れているはずの店内をキョロキョロと見回してしまう。

「伊沢さん。今日は本当に、ありがとうございました。」

静寂に耐え切れなくなったのは、それから僅か三十秒後。私は迂闊にも、瓶に目を凝らし続ける彼に声を掛けた。

「いいえ。泣いてるAさんのこと、放っておけるわけないよ。」

視線は瓶に集中したままで、彼はそっと微笑みを浮かべた。

「それにここだけじゃなくて、お店でも色々気遣って下さって。」
「あはは、俺は何もしてないよ。」

謙遜の声とは真逆に、顔色がはっと効果音が出そうなほど明るくなった。ようやく探し求めていたお酒を見つけたのだろう。彼はその瓶を大切そうに持ち出し、そっと台の上へと置いた。バーカウンターから少し遠いこの席では、彼が選んだその正体が分からない。

「あの時、伊沢さんが話を断ち切って乾杯して下さったじゃないですか。」
「ああ…あれねえ。」

彼は遠い昔を思い出すような表情をして、徐に呟いた。

「Aさんの悲しい表情、見てるのが辛くて。」

そう言って、彼は数あるグラスの中で最も底の深いものを手に取った。徐々にそれまで浮かべていた微笑みが消え、代わりに真剣な表情が露呈する。

「伊沢さんは、本当に優しいお方ですね。」

再び窓の外を見やると、そこには月の姿はなかった。今日は新月だろうか。主役不在のその景色は、やはり少しばかり物足りない。

きっとこの時の私は、変化していく空気から目を逸らしたかったのだろう。

「Aさんじゃなかったら、あんなことしないよ。」

しかし、彼は私の視線を無理やり引き戻した。一変して静寂を伴った空気と相対するように、軽快にコルクの音が鳴った。

「…それって、」
「Aさん、お待たせ致しました。」

私の言葉を遮るとともに、彼は此方へ歩いて来た。視線の先には、しっかりと私を捉えている。判然かつ確実に、そこには私だけが映っていた。

その熱量の籠った瞳の意味なんて、考える暇もなく答え合わせは始まって。

「ポートワインでございます。」

グラスを染めているのは、何と混ざり合うことも無く透き通る、赤色だった。

望んだ現在の終着点→←無明長夜は明けずして



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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:   
作成日時:2020年10月21日 16時

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