【QK】透明色の感情を愛と呼ぼう【ymmt】

その温もりは、きっと ページ41

複雑な表情。さっき私が目を逸らしてしまった表情。私の心を読まれているようで、尚且つ奥深くに眠る苦しみに寄り添うような、そんな表情をした伊沢さんが、そこには立っていた。

「……どう、して。」

涙で水分を失ったように、掠れた声が出た。二人を送ると言って、私たちは解散したばかりである。今日は居酒屋に行ったのだから、この店に用なんてあるはずがない。まして、毎週来てくれる彼である。今日は定休日だと言うことも当然知っているはず、なのに。

「電気点いてるの、外から見えたから。」

いつもより優しくて、落ち着いた声がする。もう体中の水分は失われたはずなのに、再び目頭が熱くなる。私はその涙を堪えようとぐっと唇を噛んだ。ゆらゆらと彼の姿が歪んで見える。しかし、彼は一歩ずつ着実に私の元へと歩み寄り、そして私の隣へと腰を落とした。今までで一番近い距離で、彼の姿が見える。

「…それに。」

空は濃い灰青色の陰りを帯びているのに、月の光が明るく彼を照らしていた。風の音もない暗闇の中に、優し気な輝きが灯る。彼は迷いのない瞳で私を見つめたまま、何も壊さないようにそっと口を開いた。

「Aさんのこと、心配だったから。」

ジン、と心臓の音がして。たくさんの感情が一度に押し寄せて、私は膝に置かれた拳をぐっと握り締めた。喉が針金で絞られたように、上手く言葉が出なくて苦しくなる。

それでも彼は、真っ直ぐに私を捉えていた。その言葉も瞳も、全ては表面上なんかじゃない。何処か深いところから湧き出るような、そんな色をしていて。

それは確かに、私を思う色だった。

「大丈夫。何も言わなくて良いから。」

その言葉と共に、彼はそっと私の手を包み込んだ。それは冷え切った心ごと覆うように、優しい熱が彼から伝わって。

「……っ。」

噤んでいた唇が緩むとともに、堪えていた涙が途端に溢れ出した。その感情の波は留まることを知らず、次から次へと零れ落ちていく。彼の表情はすっかり見えなくなり、自分の視界の中には肌色だけが目に映る。

今まで、彼は一番手が届かない人だと思っていた。あんなに博識で、メディアで活躍して、逸材だらけの組織のトップに立って。私なんかには触れることが出来なければ、目も向けられないような、遠い存在だと思っていた。

しかし、彼の温もりはその手を伝って私に届き続けていた。私の手を握る彼の手に、僅かに力が入る。まるで抱き締めてくれているような、そんな感触が私を包んでいた。

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