巡ったチャンスをものにしろ ページ5
「この度七階に事務所を置かせて頂くこととなりました、QuizKnock株式会社のCEOを勤めております、伊沢拓司と申します。何卒よろしくお願い致します。」
形式ばった定型文のような挨拶の言葉ですら、彼が言ってしまえば何倍も輝いて聞こえて来た。哲学者カントのように、目の前に広がる光景すら今の私には信じられない。
画面内に六人で映ることすら滅多にないにもかかわらず、今私の肉眼には画面なんて隔たりは一切なく、動画メンバー全員が揃っている。生きる心地がしないというのは、まさにこのことを示しているのだろう。
「えっと、よろしくお願いします。」
こんな考察を繰り広げている間ずっと差し出されていた名刺を、私はようやく受け取った。所詮アルバイトある私には彼に渡せる名刺などあるはずも無く、情けない声色をして挨拶を返すことで精一杯だった。彼らとは、もっとちゃんとした身分で出会いたかったのに。
いやそもそも、出会えたこと自体に一生かかっても表し切れないほどの感謝の気持ちを持たなくては。
そう思いつつも、私はこっそり前髪を整えた。開店前に仕入れに出向かなければいけなかったせいで、汗で髪型は崩れメイクはヨレてしまっている。どうして昨日に限って発注を怠ってしまったんだろう。
「めっちゃお洒落なお店…!」
そんな私の後悔はつゆ知らず、それまでずっと店内をキョロキョロと見回していたこうちゃんが感嘆の声を上げた。透き通った瞳から伝わる純粋無垢さが眩し過ぎる。同い年にもかかわらず、肩書きから性格まで全てが天と地の差で、同じ年月を生きて来たのだと思いたくない。
自分がレイアウトした店ではないとは言え、この店を褒めてもらえることは素直に嬉しかった。欲望に負けずピアノミュージックを流しておいて正解だった。
「あ、ありがとうございます…。」
「すみません、こんな大勢で来ちゃって。」
俯きがちに小さい声を発する私を見て、伊沢さんは申し訳なさそうな表情をしてそう言った。勿論大勢で挨拶に来たこと自体にも萎縮しているが、何より一番は大好きな人たちが一斉に目の前に現れ、そして会話が出来る状態にあることへの緊張感で心が充満している。ハイタッチ会や握手会のような数秒の世界ではなく、ゆっくりと目を見て言葉を選べる時間のある世界だ。
こんな機会、もう二度とないかもしれない。折角のチャンスを、無駄にしたくない。
「良ければ、一杯いかがですか。」
自然と私は、そんな言葉を口にしていた。
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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:
作成日時:2020年10月21日 16時