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孤独を恐れて寂しさを愛する ページ39

「Aさん、今日はありがとう。気を付けて帰ってね。」

タクシーに乗り込んだ私に、伊沢さんがそう声を掛けた。すっかり酔っ払ったこうちゃんと山本さんを両腕に抱えているにも関わらず、それを一切感じさせない身軽そうな笑顔を浮かべている。しっかりしている人だから、きっと介抱することに慣れているのだろう。

「楽しかったです。此方こそ、ありがとうございました。」

そう言葉を残して一礼すると、ゆっくりと車が動き始めた。窓が閉まり、賑やかな夜の街から隔離されたように車内に静寂が訪れる。

「…はあ。」

彼らの姿が見えなくなったところで、開口一番に出たのは溜息だった。

二度めの乾杯から、結局二時間は飲み続けたんだっけ。その間で繰り広げられた世間話のことは、今や一切覚えていない。会話には参加していたものの、心はすっかり上の空だった。アルコールだって殆ど回っていない。虚無だけが残るとは、なんて矛盾した話だろう。

車内の微動を感じながら、流れゆく街の景色に視線を移した。電光掲示板がチカチカと光り、雑居ビルには未だ明かりがちらほらと灯っている。すっかり夜も更けてしまった。普段ならば一人で締め作業をしている時間だろう。しかし今日はさっきまで人と一緒にいたのに、今は大きな孤独を感じる。むしろ、今だからこんな感傷を味わっているのだろうか。

「すみません、やっぱりここで大丈夫です。」

見慣れたビルが視界に現れ、私は咄嗟にそう口走っていた。無機質にメーターが止められ、タクシーは静かに路肩に停止する。何も用事なんてないのに、何だか家に帰りたくなくて。

見慣れた並木道に降り立つと、痛みを含んだ風が私の頬を掠めた。繁華街から少し離れたこの街は、先程と打って変わって閑散としている。そんな寂しい雰囲気を纏っているのに、この景色は不思議と私に安心感を与えてくれた。

…こんな気分になるの、久しぶりだな。

ゆっくりとした足取りで、年中無休でライトの当たるエントランスを潜り抜ける。気持ちはぼんやりとしていて、誰かとすれ違ったのかも分からない。蛍光灯が眩しいエレベーターに乗り込むと、私は無意識にいつものボタンを押した。6という数字が光り、感情の無い音声と共にドアが閉まっていく。

定休日にまで足を運ぶアルバイト。そう耳にすれば、きっと他人は可笑しいと思うだろう。しかし愛着を持つ理由なんてものは、明確に分かっていた。

それはここが、全ての始まった場所だから。

寂しさを愛して後悔に転ずる→←シンデレラの魔法は溶けた



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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:   
作成日時:2020年10月21日 16時

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