八十一、君の声が ページ36
.
ごめんなさい、と小さな声なのにやけに病室に響いて、時間が止まったように沈黙が流れる。
智は悲しそうに俯いて、握っていた私の手をじっと見つめていた。
「もう戻らないと、そう思って眠ったあと、またお母さんに会ったの。
もう、いいの？って、もう行こうってそう言って手をさしのべられた。
その手をとって、行こうとしたの。もういいんだって。
…でもね。」
「智。」と、私は俯いたままの彼にそっと声をかける。
声は思った以上に震えていた。
智がまた、ゆっくりと私の方を見る。
目が合った瞬間、また視界が涙で滲んだ。
「智の声がしたの。」
ぼやけた視界で、智の顔はよく見えない。
けれど彼が目を見開いたのだけは分かった。
「聞こえないはずの智の声が、したの。
私の名前を呼ぶ声。
その声に、どうしても背を向けられなかった。」
ひきとめるのように聞こえた彼の声がなければ、きっと私は母の手をとっていた。
そうすればもう目は覚まさなくてよかった。
もう苦しくも、悲しくもならなくて済んだはずだった。
多分一生経ったってこの苦しさは消えないで残る。
置いてかれてしまった記憶も、誰かを追い詰めてしまった事実も、
きっとずっと消えずに苦しい。
それでも。
「智、私、あんなことしたのに、
もういいって思ったはずなのにね、
智に、もう一度会いたかった…。
…ごめんなさい…。」
堪らずに目から零れた大粒の涙が、智の手の上に落ちる。
会いたくて、恋しくて。
何も覚えてなかったはずなのに、その感情が身体中に広がった感覚は鮮明に覚えている。
あの声が自分の全てに思えた。
真っ暗で、もう手放してしまいたい世界の中で、それでもたったひとつ縋り付きたい程に、
智が恋しかった。恋しくて会いたくて、唯一の光のようだった。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 147人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
いつき(プロフ) - サイド読んで胸がギュッとしました (2020年6月11日 16時) (
レス) id: 8b7262866a (このIDを非表示/違反報告)
つづり(プロフ) - しらたまさん» ありがとうございます。ゆっくりにはなってしまいますが、面白いと思っていただけるよう頑張りますね。 (2019年2月17日 11時) (レス) id: 063d02935e (このIDを非表示/違反報告)
しらたま(プロフ) - これからの展開がとっても気になります、、 (2019年2月17日 0時) (レス) id: 04ec2ee818 (このIDを非表示/違反報告)
つづり(プロフ) - いつきさん» コメントありがとうございます。そんな風に言って頂けて嬉しいです。このお話は初めて書いたものですし、自分自身大事に思っているので、しばらく更新していなかったのですが、最後まで書くつもりでいます。近いうちに更新するので、良かったらお付き合い下さい。 (2018年11月20日 9時) (レス) id: 2b8a9cbc91 (このIDを非表示/違反報告)
いつき(プロフ) - すごい心に刺さるお話でもう少し早く出会っていたら完結まで見れたのかなと悲しく思っています。素敵なお話で続きが気になります。気が向いて書いてくれるのを楽しみにしてます。 (2018年11月20日 3時) (レス) id: 9589088492 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：つづり | 作成日時：2018年9月9日 23時
