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七十七、大切な人 ページ32

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「A」




咄嗟に振り返っても、ただ花畑に風が流れているだけで、誰もいない。

それなのに、また声が響く。




「A」




その声に、心の奥が、自分の芯の部分が鷲掴みされるように苦しくなる。

私の名前を呼ぶこの人が、私はきっと愛おしいのだと、思い出せなくても大切な人なのだとわかる。

気づけば私は泣いていた。

零れ落ちる涙は止まることを知らないように、後から後から流れて頬を滑り落ちていく。




「そう、まだなのね。」




いつの間にか差し出した手を下げていた女の人がそう呟く。

見るとその人もまた、泣いていた。

穏やかな表情のその目元に溜まった雫が光っていた。

もう、きっとこの人には会えない。

そう理解してまた、苦しくなる。




「ごめんなさい。」




私がそう彼女に告げれば、その人は首を振る。

そうして私を抱きしめて「大丈夫、きっと大丈夫」と、そう優しい声で震えながら言う。

この人もまた、大切な人なのだと、一緒に行けないことに胸が張り裂けそうになって、

「ごめんなさい、ごめんなさい。」私は何度もつっかえながらそう言い続けた。




「どうか、どうか、幸せに。
_愛してる。」




彼女が最後にそう言うと、私たちは不思議な光に包まれた。

彼女の温もりは、そうして光に溶けていく。

咄嗟に思い出した彼女のこと、彼女と私の繋がり。




「お母さん…ごめんなさい…」




彼女の体温が完全に消える瞬間、もう一度「愛してる」と、そう聞こえた気がした。





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七十八、彼との約束→←七十六、差し出された手



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いつき(プロフ) - サイド読んで胸がギュッとしました (2020年6月11日 16時) (レス) id: 8b7262866a (このIDを非表示/違反報告)
つづり(プロフ) - しらたまさん» ありがとうございます。ゆっくりにはなってしまいますが、面白いと思っていただけるよう頑張りますね。 (2019年2月17日 11時) (レス) id: 063d02935e (このIDを非表示/違反報告)
しらたま(プロフ) - これからの展開がとっても気になります、、 (2019年2月17日 0時) (レス) id: 04ec2ee818 (このIDを非表示/違反報告)
つづり(プロフ) - いつきさん» コメントありがとうございます。そんな風に言って頂けて嬉しいです。このお話は初めて書いたものですし、自分自身大事に思っているので、しばらく更新していなかったのですが、最後まで書くつもりでいます。近いうちに更新するので、良かったらお付き合い下さい。 (2018年11月20日 9時) (レス) id: 2b8a9cbc91 (このIDを非表示/違反報告)
いつき(プロフ) - すごい心に刺さるお話でもう少し早く出会っていたら完結まで見れたのかなと悲しく思っています。素敵なお話で続きが気になります。気が向いて書いてくれるのを楽しみにしてます。 (2018年11月20日 3時) (レス) id: 9589088492 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:つづり | 作成日時:2018年9月9日 23時

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