六十、帰りたい場所 ページ15
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「ちょっと待っててな。」
智の家は公園から歩いて5分程の所だった。
少しだけ片付けるから玄関で座って待っててと、智はそう言って奥の部屋に消えた。
_望、悲しそうな顔してたな。
智の家に行くことになった時に望は何か言いたげで、けれど金縛りにあったように動けなくなっていた。
「望、ごめんね。」
そう言うと望は複雑な顔でぶんぶんと首を横に振って、「なんでAが謝んねん…」と小さく零した。
智に続いて歩きだそうとした瞬間、私の手を掴んだ望の手。
俯いている望の顔をのぞき込んで「望?」と声をかけると、その手はゆっくりと離れた。
「…智さん、Aのこと…」
そこまで言って、望は再び黙ってしまう。
けれど、智が察したように「おん、わかった。」と伝えると、こくんと望は頷いた。
私と智が曲がり角を曲がるまで、佇んだまま見送る望は、置いていかれた小さな子どもみたいだった。
「A、お待たせ。あがってええよ。」
智がにこっと優しく笑いながら奥の部屋から顔を出す。
律儀にスリッパを「どうぞ」と並べてくれた智が少し可笑しくて、けれどそれと同時に本当に智の家に来たんだなと変に実感して緊張してしまう。
もこもこのスリッパが冷えていた足を包み込んで、温かい。
促されるまま部屋に入ってソファに座ると、智が温かいココアをコトンと私の前に置いてくれた。
隣に並んで座る智。
「…さて、これからどうしよか。」
「どう…」
「突然おいでって言ってもうたけど、Aは家に帰りたい?」
あそこは、“家”なのだろうか。
ほとんど帰ってこない二人、帰ってきても笑い合うことはもうない私を育ててくれたお父さんとお母さん。
「家…」口にしても、もうそれが何だったのか、わからなくて。
カップの中のココアを見つめながら考えていると、「A?」と智が私の名前を呼んだ。
「ええよ、Aが好きなようにすれば。」
帰りたいところなんて、もうどこにもない。
あるとしたらあの公園が帰りたいところだった。
あそこに行けば、智がいたから。
どんな事があっても、あなたがいたから。
ポツン、頬を伝って零れる雫。
「…もう、どこが家かわかんないや…」
やっと吐き出した想いが痛くて苦しくて。
「ん。」と智は頷いて、ぎゅうっと泣き止むまで抱き締めてくれた。
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いつき(プロフ) - サイド読んで胸がギュッとしました (2020年6月11日 16時) (レス) id: 8b7262866a (このIDを非表示/違反報告)
つづり(プロフ) - しらたまさん» ありがとうございます。ゆっくりにはなってしまいますが、面白いと思っていただけるよう頑張りますね。 (2019年2月17日 11時) (レス) id: 063d02935e (このIDを非表示/違反報告)
しらたま(プロフ) - これからの展開がとっても気になります、、 (2019年2月17日 0時) (レス) id: 04ec2ee818 (このIDを非表示/違反報告)
つづり(プロフ) - いつきさん» コメントありがとうございます。そんな風に言って頂けて嬉しいです。このお話は初めて書いたものですし、自分自身大事に思っているので、しばらく更新していなかったのですが、最後まで書くつもりでいます。近いうちに更新するので、良かったらお付き合い下さい。 (2018年11月20日 9時) (レス) id: 2b8a9cbc91 (このIDを非表示/違反報告)
いつき(プロフ) - すごい心に刺さるお話でもう少し早く出会っていたら完結まで見れたのかなと悲しく思っています。素敵なお話で続きが気になります。気が向いて書いてくれるのを楽しみにしてます。 (2018年11月20日 3時) (レス) id: 9589088492 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:つづり | 作成日時:2018年9月9日 23時