第148話 ページ9
「それにしても…つい先週は彼に刀を向けていたというのに、今はまさか手当をしてくれるなんてね」
心底不思議だと言いたげな長義を肘で小突くと、消毒液や薬を片す手を止めないまま、薬研は苦々しい笑みを漏らした。
「ははっ、あまりいじめてくれるなよ、長義。
さすがに、ここまで俺たちのために身を削ってるやつを見て、何も思わねぇほど心は捨ててねーさ」
カチャリ、とステンレス皿に置かれたピンセットが音を立てる。
確かに長義の言う通り、先週戦った時の彼とは別刃説を疑うほど穏やかだ。
それは僕が本気で彼らにぶつかったこととか、僕の境遇が彼らに似ていたこととか、三日月が僕に全幅の信頼を寄せていたこととか、いろいろあると思う。
けれど、あれだけ僕を殺そうとしていた薬研が、こうして僕を治療してくれるようになったというのも、何だか感慨深く感じた。
「…ねぇ、薬研」
「ん?」
立ち上がって薬研に礼を言い、部屋を出ていこうとしたところで彼を振り向く。
一時的とはいえ、あそこまで僕を敵視していた彼ならわかるかもしれないと、僕はずっと抱いていた不安を投げかけた。
「まだ一振りだけ、中傷のまま手入れを受けに来ていない刀がいるんだけどさ…
彼、来てくれると思う?」
そう…ずっと前から気にかかっていた。近しい刀は皆手入れを終わらせたのに、未だに手入れを受けに来ない刀が一振りだけいる。
しかもこの本丸に来る前に見た資料では、彼は中傷だった。もしそのまま放置されているなら、一刻も早く手入れするべきだ。
けれど、嫌がる刀を無理矢理暴くのは逆効果。
だから向こうから来るのをずっと待っているのだが…一向にその気配がなくて、どうすればいいかと薬研を窺う。
問いかけると、薬研は悩むように顎に手を当て、首をひねってから曖昧な笑みを浮かべた。
「そうだなぁ…あいつもいろいろ複雑だからな。
だが、あいつも身内と一緒にあんたの結界を見ていたらしいし、これまであんたがやらかしたことも把握しているはずだ。
折を見て、ひょっこり来るかもしれんぞ」
「やらかしたって…いやまぁそうなんだけど…」
薬研の物言いにがっくりと肩を落としていると、彼は道具の整理に戻りながら明るい声音で続けた。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だと思うぜ?
みんな、あんたが俺たちの薬にはなれど、毒にはならんってことはもうわかってるからな」
「薬研…うん、ありがとう」
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作者名:寒蘭 | 作成日時:2023年12月2日 0時