第174話 ページ35
"「ごめん。俺、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから、別行動でもいいかな」"
長義に左頬を打たれた後、三日月に手を縛ってもらっている時に、真剣な表情で加州は言う。
やらなきゃいけないこととは、と聞いてみても濁されてしまったけれど、恐らく彼はあの本丸の中で二代目に一番近かった存在で、その悪行をずっと見てきたはずだ。
彼に何か考えがあるのなら任せよう、と送り出したのである。
確かに一振りで行動させるのは心配だけど…
一目見ただけでその刀剣男士がどこの所属かなんてわからないし、加州なら上手くやるだろうと信じて、僕たちは僕たちのやるべきことに専念しよう。
「失礼する」
辿り着いた扉を三度叩き、返事を聞いたところで長義が扉を開け放った。
そこは航空管制室のように正面の壁だけ全面ガラス張りになっていて、そちらに向かうようにパソコンが何台も設置されている。
四人の人間がデスクに座ってモニターを睨んでおり、その背後には近侍とみられる刀剣男士が三振り控えていた。
部屋の中央では書類の散らばった大きな机を三人の人間が取り囲み、彼らはこちらに気づくとその表情をより険しいものに変化させる。
…ただ一人を除いて。
「おぉ…管理課の山姥切長義か。よくぞ任を果たしてくれた」
「当然だとも。その様子だと、話は聞いているようだね」
ただ一人、笑みを浮かべてこちらに歩み寄ったこの男…彼がまさしく、僕が遡行軍の本丸で見かけた張本人、睡蓮だ。
睡蓮は長義の言葉に頷くと、こちらに歩み寄って乱暴に僕の顎を掴み取る。
下卑た笑みに口元を歪める睡蓮から無理矢理視線を逸らすと、彼は愉快そうに僕の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「──ようやく捕まえたぞ」
「ッ…!」
その言葉に背筋を虫が這うようなおぞましさに襲われて、演技でも何でもなく咄嗟に奴の手に噛みつこうと頭を振って牙を剥く。
けれど難なく交わされて、代わりに左頬を骨張った手背で打たれてしまった。
長義の時と違って予想してなかったから、口の中が切れて鉄の味が滲んでいく。
いつもなら、戦闘訓練もしていないただの人間に殴られただけでよろめくなんて絶対にありえないのに、途端に足の力が抜けていくらか後退した。
その時不意に、ずっと忘れていた椿さんの言葉が脳裏をよぎる。
"「──睡蓮は、妙にお前に執着している様子だった。奴の調査は私がやるから、お前は極力近づくなよ」"
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作者名:寒蘭 | 作成日時:2023年12月2日 0時