第172話 ページ33
忌々しく「チッ」と舌打ちをすると、斜め後ろから絶対零度のような冷たい視線が送られる。
三日月…演技だとわかっていても怖い。
本丸に配属された初日を思い出すなぁ…
そんな現実逃避をしつつ、それを表に出さないように努めていると、スーツの男が安堵したように息を吐いた。
「そうでしたか…！刀剣男士に被害は？」
「問題ない。幸いにも、被害が及ぶ前に防ぐことができたからね」
「わかりました。現在、椿の尋問を行っているところですので、そちらの者はひとまずこちらで引き取りましょう」
手を差し出した男に、長義は腕を組んでやれやれと首を振る。
肌が切れそうなほどの緊張感の中にいても、彼は相変わらず悠然としたままだ。
「彼は俺が連れていこう。元々、彼の監視役を任されていたのは俺なのだから」
「し、しかし…」
「それとも、何か？
君なら、この仇敵を前にした彼らを御せるとでも？」
長義が親指で指し示すと、三日月と骨喰からわずかに殺気が漏れ出る。
その様子に息を呑む男の背後に近づいた大般若長光──おそらく彼の相棒──が、小さく耳打ちすると、男は渋面を作って浅くため息をついた。
「…わかりました。現在元帥が会議のため政府本部に赴いており、不在にしています。元帥が戻るまで、彼の監視を引き続きお願いします」
男の言葉に頷くと、長義は再び歩き始める。
立ち止まっていた背を骨喰に小突かれて、僕もゆっくり後を追う。
道を開けた男の顔を、すれ違いざまにそっと盗み見ると、彼は辛く悲痛そうに顔を歪めて僕を見つめていた。
…どこかで聴いたことのある声だと思ったら、この人、討伐課第一班の班員だ。
椿さんにしごかれて疲れ果てた僕に飲み物をくれたり、遡行軍にいた頃を思い出して一人蹲っていた僕の頭を撫でて、お菓子くれたりしてたんだっけ…
心から尊敬していた椿さんも、いろいろ世話を焼いた僕も反逆の罪に問われて、彼は今何を思っているんだろう。
恐らく…あの表情を見るに、本気で僕らが犯人だとは思ってないんじゃないだろうか。
今は、そう思ってくれるだけで嬉しいな…
あの場で唯一の味方だったかもしれない男を振り返ることもせず、僕はそのまま長義の先導で施設内を進んでいく。
ついさっき長義に殴られた左頬が酷く痛むけど、その痛みのおかげで自然と顔をしかめられるのでよかった。
まぁ、元々はそのために殴られたわけじゃないんだけど…
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 255人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年12月2日 0時
