第159話 ページ20
手入れを始めるため三日月にも退出してもらい、大和守と二人きりで部屋に残る。
静かに正座して目の前に本体を置いた彼は、霊力を渡した影響で先ほどより顔色は良くなっているものの、心此処に在らずというような危うい雰囲気は拭えないままだ。
これは恐らく、長曽祢が言っていた"ある時"の話が重要になってくるんだろうけど…それを聞くにも、まずは手入れをしなくては始まらない。
どうか妙な術が施されていたりしませんように…と内心で祈りつつ、いつも通り慣れた手順で手入れを行っていく。
この本丸で手入れをしたのは、大和守で七十一振り。
それでも未だに余裕のある手伝い札を惜しみなく使うと、特に問題なくスムーズに終了した。
…なんだか拍子抜けである。
てっきり、特大の呪いを抱えているとか、手入れを終えた瞬間斬り伏せられるとか考えていたのに、特に何も起こらない。
依然として大和守は生気のない瞳で虚空を見つめているし、殺意も悪意も感じない。
それが逆に不気味で、僕は納刀した刀を返しながら苦し紛れに口を開いた。
「そ、そういえばさ…さっき、どうして自分が最後か確認したの？何か、不都合でもあった？」
なるべく刺激しないよう、柔らかい音を意識してそう問いかけると、刀を受け取った大和守は目を大きく見開き、やがて泣きそうに顔をくしゃりと歪めた。
「うぇっ!?な、泣いて…!?ど、どうしよう」
突然の大和守の異変に心臓が跳ね、どうすれば、長曽祢を呼んだ方がいいかと思案していると、己の本体を抱きしめた大和守が、溢れ出す激情を押さえつけるような細い声で、しかしよく通る音をはっきりと打ち出した。
「──清光に、言われたんだ」
大和守の言葉に、思考が停止する。
限界まで詰めすぎた押し入れから荷物が溢れてくるような、ずっと忘れていた記憶が急に流れ込むような、そんなとんでもない濁流に呑まれる感覚に襲われて、僕は無意識に止めていた息をなんとか吐きだした。
「…清光……加州、清光？」
震える唇で必死にその名前を形作ると、大和守は俯いたまま大きく頷いた。
「"辛いかもしれないけど、お前は絶対に最後に手入れを受けろ"って…清光に、言われたんだ」
「…その…加州は…今、どこに…？」
心臓が早鐘を打ち鳴らし、手に嫌な汗がじっとりと滲む。
顔を上げた大和守は、闇に塗れた瞳で僕を映し、一筋だけ涙を流した。
「あいつは──折られたんだ。二代目に…ッ！」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年12月2日 0時
