愛欲は戦争、狂気は耽溺【kgm】【njsj】

君の声 ページ23

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天使の不可解な行動が増えてから日にちが経って、ある日のことだった。
あれからバイトの求人に応募して、スーパーのレジ打ち業務をしている私であるが、今までの社畜人生の中じゃ割と楽な仕事だと思って過ごしていた。たまにクレームを入れてくるお客様もいるがそれは接客業として当然のこと。
閑話休題、今日もそんな具合で仕事をこなし、買い物をしてからえっちらおっちら家に帰って鍵を開けた。
「天使？ただいま」
そうして玄関に自分の声が響くのを聞きながら靴を脱いで揃える。その一連の動作をしてから、おや、と思った。天使が迎えにこないのである。
最近、天使は私が帰ってくると飼い主の帰りを待ち遠しく思っていた飼い犬のように近寄ってくるのだ。そして特に何をするわけでもなく、じっとその不思議な色を纏った虹彩を針を刺すように見つめてくる。居心地が悪くないと言えば嘘になるが、最初の頃の攻撃的な様を思えば今の状態なんて借りてきた猫と同じようなものだった。
最近ではパターン化されていたその行動がないことが、なんとなく不安を煽ってしまう。ついつい天使を呼ぶけれど、返事がない。寝てるのかしら、なんて思ってリビングに続く扉を開けた。
天使は、食らいつくようにテレビを見ていた。
「……天使」
どこか異様な様子に呆然と声をかけると、その形のいい頭が幽鬼のようにふらりと揺れた。
天使の瞳の中で、数学を構築するパソコンのように幾何学と精密な計算が繰り広げられているように思えた。私の存在を認知して、ゆるゆると瞳の硬直が溶けていく。次第に薄寒いものを感じるほど綺麗に笑みを浮かべた天使に、ぎこちないながらも私も笑みを返した。
ただいま、そう言おうとしたら、天使が先に動いていた。
「？」
「……」
「、どしたの？」
天使が、私の足元に跪き、手を取ったのだ。突然の行動に頭の中にハテナが浮かぶ。それでも情動の読み取れない瞳をして彼はこちらを見上げてくるから、また戸惑ってしまって。また、天使の名前を呼ぶが、静かにゆったりと首を振られて。
「ーーー」
「？」
「ーーーーーー」
「……」
何かを、伝えようとしている。それを頑張っていることがよく伝わってきたから、天使の焦るようなひゅるひゅるした竜巻の音には返さなかった。
そして、

「ぉ、かぁ、え、り」

天使の発声音が、声として耳に届いた。
天使の声は、本当はもっと低く男性的で、柔らかくて伸びやかで、優しい響きをしていることを、私はその時はじめて知った。

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