【ωrωrd!】童話を抜けた先【短編集】 (ページ4)

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逃げ出したところで今より酷い目にあうのは分かっている。過去の二回の経験で懲りていた。

「呑気に柊を見とったみたいやし、それは信じるわ」

三回目の脱走ともなれば五体満足は保証されない。今更ながらに危ない橋を渡っていたことに気付いた。
オスマンさんは私に安堵する暇を与えずに更に訊ねる。

「つまり自分の意思で出たんやな」
「……はい」

嘘をつくのもはぐらかすのも悪手だ。大人しく認める。
変わらないトーンでオスマンさんは質問を続ける。

「ここにおれば外にいるよりも安全なのは分かる？」
「……はい」

オスマンさんがヤクザなのは分かっている。今まで一般人として生きてきた私にとって、極道はとても怖い人のイメージが強い。私の足首や指の付け根を撫でられるたびに心臓がうるさく主張してくる。

「俺はAを守るためにここに置いとるんよ。信用している人間以外はここに来ない、Aも安心やろ」

オスマンさんは幼い子どもに言い聞かせるようにゆっくりと話す。私を危険な道に引きずり込んでおいて、どの口が言うのだ。オスマンさんが私を目をつけなければ今まで通り普通でいられたのに。
しかし反論したところで彼の機嫌を損ねるのは明白。大人しく聞いていると、思い出したように話題が変わる。

「なにか探し物をしとったみたいやけど、逃げ道でも探してたん？」
「いえ、金木犀の匂いがしたのでこの時期に珍しいなと……」
「金木犀？ああ、柊の香りを勘違いしたんか」

あれは柊の匂いだったのか。言われてみれば、確かにあの白い小さな花から香っていた気がする。

「でも良かったわ。逃げようなんて考えてたらどうしようかと思っとったんやけど、俺の思い違いやったみたいやな」

その言葉に冷や汗が垂れる。もしも逃走を画策していたらどうなっていたんだろう。恐ろしくて想像もしたくない。

「でもやっぱり自由に身動きができるのはあかんな。身重にでもなれば勝手に出歩かなくなるかもなあ……」
「え……」

愉快げに私を見つめるオスマンさんに悪寒が走る。表情を取り繕う余裕なんてなく、今の私はきっと顔面蒼白だろう。オスマンさんの開く唇を今すぐ塞いでしまいたい。

「冗談やからそんなに怯えんでも大丈夫やで。いやがる女の子を手籠にするのも嫌いやないけど、まだ準備が整っとらんから」

つまり、その準備さえできてしまえば私の身は保証されなくなってしまうわけだ。半ば諦めていたが、やはり逃げなければ。次がきっと最後のチャンスだ。次の機会に命を賭けなければ私に未来はない。
艶美な笑みで私を見つめるオスマンさんに、私も負けじと微笑み返した。