【ωrωrd!】童話を抜けた先【短編集】 (ページ1)

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童話を抜けた先/em ページ1

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「お腹すいたなあ……」
「あとでコンビニでも行きます？」

なんて言いながら手に取った分厚いハードカバーを見て、エミさんはおもむろに口を開いた。

「童話は好きですか？」
「子どもの頃はよく読みましたね」

白雪姫とか、人魚姫とか、読んだことのない人の方が少ないのではないか。母と子どものための、なんて今では炎上しかねないキャッチコピーで絵本が売られていた気がする。

「では、食べることはどうですか？」
「好きですよ」

美味しいものは好き。幸せな気持ちになるから。子ども舌の私はからいものも苦いものも食べられないし、お酒もあんまり美味しいとは感じないからよく子どもみたいなんて揶揄われている。

「少し民俗的な話をしましょう。童話の食べるという行為は、どう思いますか？」
「どう……」

漠然としている。食べるということは、文字通り食事ではないのだろうか。質問の意図が読み取れない私に、エミさんはくすくす笑った。

「そうやなあ、比喩表現ってあるよな」
「はい」
「童話の食事は、本当に食事やと思う？」
「……？でも、赤ずきんは狼に食べられそうになったし、違うんですか」

ハードカバーをめくって、目次を開く。ヘンゼルとグレーテル、シンデレラ、赤ずきん。よく知った童話たちが並んでいた。

「それは子どものため、やからね」
「えっと、マイルドな表現になってるってことですか？」
「半分正解。童話、というよりメルヘンの世界の食事は、本来の欲求を食欲に置き換えてるだけや」

子どもらしい、というのは私を守ってくれていた。大人は決して無欲などではない。子どもに見えないようにかけられていた幕は落ちてしまった。フィルターを剥がしてしまえば、そこに残るのは邪欲だけだ。
どさり、近くにあったソファーに押し倒される。

「エミ、さ……」
「俺なあ、ずっと、食べてみたかったんよ」

食欲と紙一重にあるこの欲求は、どうしてこうも秘匿されるのか。不純だから？誤っているから？いずれにせよ、子どもに向けるには似合わない欲求だった。

「でも、Aさんは子どもやないもんな」
「あ、」

食われる。あんぐりと開いた口が、私にかぶりついた。