【第5人格】籠の鳥【短編集】 (ページ2)

今日:7 hit、昨日:1 hit、合計:15,420 hit

朝の中庭にて【リッパー】ページ2

朝の荘園は信じられないくらいに静かだった。いつもの騒がしい屋敷とは別の所のように感じてくる。聞こえてくるのは、涼しい風の音と、それが運んで来る鳥たちの声だけ。

「たまにはこういうのも良いかもね」
そう呟いて、私はまだ湯気が上がっている紅茶の香りを堪能した。
なんで飲まないかって？熱くて舌火傷するから。

今日は試合の予定がない日なのに、早く起きすぎてしまった。
暇つぶしに絵でも描こうと、中庭に来て正解だった。エマが毎日丁寧に手入れしているお陰で、中庭はとても綺麗だし、昨日の夜は雨が降っていたので、葉っぱに乗っかった雫がキラキラ光っていて普段の倍に美しい。朝起きた時は苛立っていた気分も、朝特有のひんやりとした空気のお陰なのか、今は頭上に広がる青空のように爽やかだ。

こうやって紅茶を片手にガーデンチェアに座っていると、何処かの貴族のお嬢様にでもなった気分だ。
まあ、朝から目覚まし時計を投げてイライラしているかと思ったら急に穏やかな気分になっている情緒不安定な奴を誰もお嬢様、とだなんて呼ばないが。

結構優雅な時間を過ごせている気がして、早起きは三文の徳ってあながち間違ってないと思う。

「まあ、三文ってどれくらいか知らないけど」
「安値や小さな物事、という意味ですね」
「おうっ！？」
まさか誰かから応答がくるとは思わなくて素っ頓狂な声を出してしまった。

きょろきょろと周りを見渡してみるが、誰もいない。いつもの庭だ。

「えー。怖」
朝の空気のひんやり感とは別に寒気を感じた。
今の出来事をなかったことにして、私は紅茶のカップに口を付ける。
紅茶はまだ熱いが、さっきよりは冷めていた。私は一口、中でふるふると動いている液体を口に含んだ。

その時だった。

ぎぃぃ。

私の向かいの席のガーデンチェアがひとりでに引かれた。まるで誰かがそこにいて、その椅子に座ろうとしたように。

「ん゛ー！？」

心臓がどきんと跳ねて、危険を避けるために人間に備えられている反射の能力が私の体で暴れまくる。

そのため、紅茶がびしゃっと零れて、赤橙色
の粒が美しく舞った。

私はなんだかぐらっとしたかと思ったら、椅子ごと後ろに倒れている最中らしい。

咄嗟にぶんぶんと腕を振って元の体制に戻ろうとするが、勿論無駄な足掻きなわけで。

あ、ヤバい。後頭部打つの確定だ、と思った。
ぐっと目を瞑る。