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夫婦 ページ5

「…あの家が焼けてから、1年経ったかしら。」
ふと、奥様が口を開いた。私はうーんうーん、と記憶を巡らせて、「恐らく…。」と呟いた。

「なかなかここも快適だな。向こうよりもいいかもしれない。」

と、御主人様が言った後、そうね、と奥様が言った。確かに使用人からしたらこのお屋敷は掃除がしやすいことや、その他を含めて、とても有難いお屋敷だ。ちなみに地下室というものもあるそうだが、よくは知らない。

「きっと伊吹がいなくなったから、厄が落ちたのよ。」

と、奥様は笑って言った。御主人様も、そうだな、と笑っていた。それはそれは嬉しそうに。私はとても心が痛くなった。
"忌み子"として、とある部屋に、お風呂に入るときを除いて、何十年間も閉じ込められていた伊吹様。その伊吹様のお部屋を掃除していたのが私だった。私があのお屋敷に入ったのは5年前からで、たまたま入ったお部屋に伊吹様がいらっしゃった。その姿は今でも思い出せる。
ボロボロの服に、身体には無数の傷や痣。手首は縄で縛られていて、目には光が宿っておらず、人形のような目をしていた。風呂には入れてもらえているらしく、髪はとてもさらさらしていた。しかし、右の方に赤髪が少しあったのを覚えている。私がぼーっと伊吹様を見ていると、突然伊吹様が口を開いた。

「…誰、だ…。ここには来るな、と母上達から言われているはずだ…。さっさと出ていけ…。」

出ていけ、と言われても、伊吹様をほおってはおけなかった。だから、助けてあげよう、と1歩足を踏み入れた時だった。

「入るな…!出ていけ…!」

ギロリ。人を殺せるほどの殺気を持った目で私を見た。流石に怖くなってその部屋から出た。

私が伊吹様を見たのはこれが最初で最後だった。

「そういえば、あいつは、伊吹は死んだのか。」

ふと、御主人様が口を開いた。私はとっさに、「いえ、消息不明です。死体は見つからなかったそうですが…。」と言った。すると母上が鼻で笑った。

「きっと、火で体を焼かれて死んだのよ。まぁずっと殺したかったから、死んでもらってなによりだわ…!」

あはは、と奥様と御主人様が笑う。私はその光景をみて、とても苛立ちを覚えた。
伊吹様は忌み子ではない。ちゃんとした人間だ。そう言いたいのに、そんな事言ったらどうなるのか、恐ろしくて言えなかった。

「(伊吹様…申し訳ございません…。私は、あなた様をお守りできません…。)」

心の声は菱川夫婦の笑い声に隠れ、届く事は無かった。

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作者名:椿 | 作成日時:2018年6月5日 19時

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