その雪寄草に、口付けを。 / 神里綾人 (ページ38)

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其ノ参拾伍ページ38

手に持った饅頭を1口食べると途端に口が甘くなる。

「う〜んお饅頭美味しい〜。良い口直しになるわ」

「それ、私が鍋に入れたものと同じ饅頭ですよ」

美味しい饅頭を味わい頬を緩ませていると神里様に声をかけられる。

「鍋なんかに入れちゃうから美味しくなくなっちゃうんですよ。普通に食べれば美味しいんです。ほら」

思わずむっとして神里様に饅頭を1つ差し出す。

なんでこんな話をしているかというと、神里様は鍋遊びでこの饅頭を入れて、見事それが私に当たったのだ。

鍋で煮込まれた饅頭、美味しいわけが無い。

鍋遊びが終わったあとも暫く苦い顔をしていたらトーマが口直しにと饅頭を出してくれてお茶も入れてくれたのだ。

しかもトーマと綾華の粋な計らいで神里様と私の2人分用意してくれて2人きりにしてくれた。

「美味しいですが少し刺激が足りませんね」

饅頭を1口食べると神里様は物足りなさげに眉を下げる。

「何故饅頭に刺激を求めるのかが私には分かりません…」

ゲンナリしていると神里様が笑いながら隣へ座ってくる。

「ふふっそうですか。ところでAさん、神里家には慣れてきましたか？」

「あ、はい。だいぶ慣れました。皆さん優しいので」

「それは良かった。そして私の事はいつまで神里様と呼ぶおつもりで？」

神里様の笑みがだんだん優しいものじゃなくなっていく。

「え？いやいつまでって…」

「この家で神里は1人ではないんですよ。神里様じゃ誰を呼んでいるかわかりません」

「この家で神里様と呼ばれるのは1人しかいませんよ！綾華が神里様と呼ばれているところなんて見たことないですし」

これは人を追い詰める時の笑み…まずい…。

冷や汗をかきながら目をそらす。

「ほら、綾華は綾華と呼ぶのに私のことは綾人と呼んでくれないのですか？将来の夫を苗字で呼ぶのはどうかと思いますが」

うっ確かにそうだ…。

でも神里様は少し前までは私なんか一生関われない偉いお方って思ってた人なのよ…!?

偉いお方なのは今も変わらないのだけれど…！

「じゃ、じゃあ！私のお願いも聞いてください！」

仕方ないこの際今日少しモヤついていた事を解決してしまおう。

「おや？何でしょう。でも別にAさんのお願いは交換条件で言わなくてもなんでも聞きますよ」

「それは…有難いです…」

でもこういうタイミングじゃ無ければ多分私は伝えられない。

「わ、私に対する敬語、やめて貰えませんか…？」