星朧 (ページ3)

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藍錆ページ3

「最近調子が悪くなったと言うことですね？」

「はい。突然頭痛がしたり、耳鳴りがしたりするんです」

「なるほど、そうですか」

「最近思い出したことはありますか？」

「うーん・・・ない・・・です」

「そうですね、まだ記憶が戻らない、と」

ユエ医師がカルテにペンを走らせる。

”記憶まだ戻らず”

何度この言葉を見ただろう。思わず眉をひそめる。すると医師がそれを察したように「大丈夫ですよ」と声をかけてくれた。

「最近体調が優れないのは何か思い出せそうな兆しがあるという可能性もありますから。家の中のものや写真などで何か思い出せそうなものはないか見てみるのも良いかもしれないですよ」

「わかりました・・・」

病院を出るとどんよりとした花曇りだった。
地面には桜の花が散って、ふまれて、コンクリートにこびりついている。
コツコツと歩く自分の足音が一瞬分裂して聞こえた。誰かについてこられているような感覚に不安になって後ろを振り返る。

「まただ・・・」

記憶を失ってから、不安になることがよくある。自分がどこにいるのか、自分が自分じゃないみたいなぼんやりとした不安が一つの霧になって私の脳に靄をかける。

ガチャンッ

ハッとして顔を上げるとそこは家だった。持っていたコップを落としたみたいだ。床に冷たい水が広がる。無意識にガラスの破片に手を伸ばした。

「痛った」

痛みのおかげでぼんやりとしていた意識から目が覚める。
どうしていつもこうなのだろうか。気がつくと家にいたり、元いた場所とは違うところにいたりする。
これも記憶喪失のせいなのだろうか。大学でも「もともと友達だったんだけどね」と言って悲しそうな顔をする人達が何人もいた。
その言葉に私はなんて答えたら良いのかわからない「じゃあもう一回友だちになろう」なんて軽々しく言える空気ではないし「そうなんだ」とと愛想よくすることもできなくて苦笑いして時がすぎるのを待つことしかできない。

「ほんとにもう嫌」

涙が出てきて頬を伝う。もうそろそろこの世界とも”さよなら”したい。何も残っていないんだから、大切なものはなにもないんだから。