惚気 ページ10
死神遣いの事件帖の稽古は順調に進んでいた。寂しさはあれど、毎夜司咲の声を聞いて姿を見られることがつばさとしては嬉しい。けれど、司咲のかわいい頬にさえ触れられないことがやはり寂しかった。今すぐにでも会いに行きたくて、抱きしめたくて静かに想いを馳せた。今頃、誰といて、何をしているのだろうとか、何を思ってどんな顔をしているのかとか、かなり気になってしまう。
「つばさくん、何考えてるの?」
声をかけられて、顔を上げた。そこには、今回の舞台で相棒になる、安井謙太郎がいた。
「見て」
隣に座った彼に、つばさはスマホを見せた。写真を表示させたそのスマホの画面には、目を閉じた髪の長い女が映っていた。完全に隠し撮りだが、それを隠しもせずに堂々と謙太郎に見せるものだから、少しだけ笑ってしまった。
「誰?」
「俺の彼女。本庄司咲っていうの。かわいいでしょ」
「つばさくん、彼女いたんだ。どこで知り合ったの?」
「新宿駅の前で。今考えると、必然だったのかも」
「運命ってこと?…へぇ。つばさくん、この人のことめっちゃ好きなんだ」
「うん。大好き」
「惚気なら他でやって」
そう言って、謙太郎は司咲の写真が表示されたスマホをつばさに返した。
「最初はめっちゃ嫌われててさ。好きだって気付いてすぐ、彼女は他の男に惚れちゃったんだよね…」
つばさは彼女の写真を眺めながら、優しい表情をしていた。彼女が好きで堪らない、という顔。ファンには絶対に見せられない顔。
「多分100回以上はフラれてるよ、俺」
「諦め悪っ」
「そう!諦められなくて伝え続けてたら、いつの間にか彼女も好きになってくれて。嬉しかった」
「良かったね」
「でも、今彼女仕事で大阪にいて電話はしてるけど会えないんだ。…それが寂しい…」
「僕たちも大阪行くけど、その時にはもういない?」
「うん、いない…。すれ違うように…。司咲に会いたい」
「仕方ないね」
「…早く会いたいな」
つばさはスマホの画面を撫でた。司咲の髪の部分を優しく。つばさが大切にしている人、というのはどんな人なのか少しだけ好奇心に駆られた。
「どんな人?つばさくんの大切な人は」
「優しくて、泣き虫で、弱いのに強い人」
どんな人なのか理解はできなかったけれど、返事だけしておいた。
「…かわいい」
呟いたつばさに謙太郎はまた小さく笑った。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2022年6月5日 21時