ケーキ ページ43
「忙しいのかな?」
「そうかもね。…今の人、名札に本庄って書いてあったけど知り合い?」
「まさか。そんなに珍しい名前でもないでしょ」
「でも、司咲ちゃんを見て驚いていたみたいだったけど」
「博喜さんじゃなくて?」
司咲は首を傾げながら博喜を見た。博喜はただ穏やかに笑っている。
「兄弟とか?」
「いやいや。私は一人っ子よ」
「そう思ってるのは司咲ちゃんだけかもしれない」
「どういう意味?」
「司咲ちゃんが捨てられてから兄弟が生まれた可能性もあるよね」
「……それは」
司咲は否定できなかった。仮に兄弟がいたとして。司咲だけが捨てられたというのなら、それは愛されていなかったということになるのではないか。それは、30階建マンションの屋上から飛び降りることよりも、霊に追いかけられることよりもずっと、怖かった。
「…私は一人っ子で、下に兄弟なんていない。私はちゃんと愛されていたのよ。博喜さんだって見たでしょう?愛してるって、書いてあったのよ」
ずっと大事に仕舞い込んでいた、母から施設へのメッセージ。司咲へのメッセージ。最後に記された『愛している』の文字が滲んでいた理由。司咲への愛で溢れた手紙は全て嘘だったのだと言うのだろうか。
「ごめん。そんな顔しないで。俺が悪かった。変なこと言ってごめん」
「……顔?」
「泣きそうな顔してるよ」
顔を触る司咲の頭を撫でた。
「ケーキ食べて。苺がおいしそうだよ」
「……博喜さんも食べる?」
問いかけると、博喜は首を横に振った。
「つばさに怒られるからいらないよ」
「私まだ手つけてないわよ?」
「それでも。間接キスになるから、ダメ」
「分かった」
司咲はケーキにフォークを刺した。一口食べて、おいしそうに頬を緩めた。
「んん。おいしい!」
きっと、この笑顔が2人の男を虜にしているのだろう。司咲の心は定まっていて、今も1人の男が悲しんで足掻いている。
「司咲ちゃん。……奨悟のこと、許してあげてね」
「……え?」
「今必死に、足掻いているんだよ」
「……何に、足掻くの?」
「どうにもならない現実に。…本当は司咲ちゃんのこと、諦めたくないんだよ。…分かるよね?」
司咲はこくりと頷いた。司咲もかつては博喜が好きで、フラれて諦めたからよく分かる。好きな人と同じ気持ちを持てる人なんてほんのひと握りなのだ。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2022年2月16日 13時