名前 ページ37
不機嫌そうな瞳に射抜かれて、司咲はつばさの肩に両手を置いた。
「…お願い。行かせて」
「嫌だ」
ふいと顔を逸らされてしまった。頬が膨らんでいて、拗ねていることが分かる。
「…崎山さん」
名前を呼んでも、顔は逸らしたままだった。
「………つ…ばさ、くん」
照れながらそう言うと、やっと瞳を向けられた。
「……名前呼んだって、嫌だよ」
「今日、泊まって行ってもいいから」
ぶぅ、とまた頬が膨らむ。司咲はつばさに近付くと、両手で顔を包んだ。顔を少し傾けて、そっと口付けた。つばさの口から空気が抜けて、頑張ってキスをしてくれる彼女への愛おしさで頬が緩んだ。軽く噛みつくように、つばさは唇を合わせた。
「ね、お願い」
上目遣いで、頬を染めながら顎のところで両手を合わせる彼女には勝てなかった。
「……ずるい」
想いが通じ合ったとはいえ、付き合ってはいない。上目遣いなんて、殺しにきているようなものだ。長い長いため息をついて、つばさは司咲を抱きしめた。
「……これから、名前で呼んで」
「分かった」
「2時間。それ以上はダメ」
彼の精一杯の妥協だった。司咲はつばさの首に両腕を回した。
「ありがとう」
「仕事じゃなかったら着いて行ったのに」
腰につばさの腕が回る。つばさは少しだけ遅めの10時から1日仕事が入っている。本当は好きな人を、元恋敵と2人きりになんてさせたくないのだ。
キスをまたひとつ交わして、離れた。照れた顔のまま、司咲は立ち上がった。浴槽を掃除すると、お風呂を沸かした。
「恥ずかし…」
お湯が溜まっていく様を見ながら、司咲は両手で頬を覆った。今日だけで何度キスをしただろう。両思いだと分かったからか、つばさの愛情表現に遠慮がない。それがただただ恥ずかしい。
蛇口をひねって、お湯を止めるとつばさのところへ戻った。
「…お風呂、入ってきて」
タオルを出す司咲に近づいて、つばさは微笑んだ。
「一緒に入ろう」
バシッと司咲はつばさにバスタオルを投げつけた。
「おっと」
難なくキャッチするつばさを司咲は睨みつけた。
「…変態っ!」
「冗談だよ」
ポンポン、と髪を撫でてつばさは頬にキスをすると風呂場へと向かった。その頬が赤く染まっていたことを、司咲は知らない。
「かわいいなぁ…」
愛した彼女の恋人になれる日を待ち望んで、夜は更けていった。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2022年2月16日 13時