涙 ページ35
奨悟は、好きな人が恋敵にキスされるのを見て、奥歯を噛み締めた。奨悟がキスした時は拒んだのに、彼女はつばさのキスは受け入れている。それがショックだった。
見ていたくなくて、俯いた。心が痛む。幸せそうに笑う司咲の答えを受け入れたくない。じわりと涙が滲んで、慌てて上を向いた。目の前のお酒を飲み干した。我慢なんてできなくて、溢れてきた涙が手の甲を濡らした。
その場にはいられなくて、奨悟は立ち上がった。外に出ると、キンと冷えた外気温がちょうどよかった。
蹲って、どうしようもなく悲しくて、涙を流した。嫌いだと言っていたのに、どうして彼女はつばさを選ぶのだろう。ファンなら、少しは近づきたいと思うものではないのだろうか。
最初から負け戦だったのだろうか。告白した時にはもう、司咲はつばさに惚れていたのだろうか。
「かっこつけすぎ」
声が降ってきて、驚いた。
「…でも、羨ましいよ。そんなに誰かを好きになれるなんて」
「……でも、フラれます。近いうちに、必ず」
「そうだね」
背中を撫でてくれるのは温かい手。優しくて大好きな先輩だった。
「一目惚れなんです…っ」
つばさが司咲のことを好きだなんて知っていたら、好きにならなかったのだろうか。きっと、答えは否。
「…荒木さん、僕はどうやって司咲ちゃんを諦めればいいですか?」
「ちゃんとフラれて、整理しな。俺にはそのくらいしか言えないよ」
一目惚れだったけど、しっかり愛していたのだ。嫉妬もするし、つばさと共にいるのを見て悔しくもなった。立ち上がろうとする奨悟を宏文は優しく引き戻した。
「今日は帰りな」
目の前に差し出されたのは奨悟の荷物だった。
「……でも」
「うまく誤魔化しておいてあげるから。ちゃんと覚悟決めてからフラれて来な」
「…分かりました。ありがとうございます」
荷物を受け取ると、奨悟は宏文に頭を下げた。
「今度なんか奢ってやる」
「楽しみにしてます」
好きな人が振り向いてくれないのだと気づいてから、世界はなんだか霞んで見えた。胸が苦しくて、うまく息ができない。過去にはできない恋情が胸の中をぐるぐると渦巻いて、さらに奨悟を苦しめた。
奨悟に向けられた笑顔はいつもかわいくて、仕方がなかった。世界で一番、かわいい人なのだ。奨悟が世界で一番幸せにしたかった。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2022年2月16日 13時