兄貴分 ページ28
「基くん！来てたんだ！」
その日の仕事が全て終了し、司咲は見知った顔を見つけて駆け寄った。
「よぉ、司咲。仕事終わり？」
「うん！基くんは？あ、崎山さんなら…」
「挨拶はしたからいいよ」
「そう？あ、基くんこっち来て」
司咲は基裕の手を躊躇なく掴むと、引っ張った。瑞稀と朱音がスマホを片手に笑っていた。そんな2人に声をかけると、2人は振り返った。
「あ、司咲ちゃ……」
途中で言葉を区切った朱音は、司咲と手を繋いでいる相手を見て、固まった。
「あれ、朱音。大丈夫？生きてる？」
「…死んでる…」
「うん、大丈夫ね」
ぐいぐいと基裕の手を引いて2人の前に立つと、司咲は満面の笑みで紹介をはじめた。
「よく知っていると思いますけど、太田基裕さん。私の兄貴分です」
「司咲がお世話になってます。太田基裕です」
「向坂瑞稀です！司咲ちゃんからお話は伺ってます」
緊張して固まったままの朱音の肩を抱いて、瑞稀は微笑んだ。
「この子は野島朱音といいます。もっくんのファンなので、ちょっと固まってますが」
「…応援、ありがとうございます」
手を差し出した基裕と握手をした朱音は両手で顔を覆っていた。
「わぁ。営業スマイル。さっすが」
基裕の、左手の側面が司咲の頭に直撃した。
「いった…！酷い、基くん。乙女の頭に」
両手で頭を押さえる司咲は基裕を睨んだ。
「え？誰が乙女だって？」
「ひっどい！…清花ちゃんに言って、2人で抗議してやる」
「清花を巻き込むなよ。司咲はともかく、清花は口が立つから面倒なんだよ」
「どういう意味よ」
「司咲のボキャブラリー、少ないからな。バカかアホか最低しか出てこねぇから」
言い合っているが、司咲も基裕も口調は穏やかだった。そんな2人を見て、瑞稀と朱音は小さく吹き出した。司咲は口元を押さえて笑う2人の先輩をキョトンと見た。
「仲いいわね」
「ちょっと安心した。少し悩んでるみたいだったから」
「えっ」
顔を両手で触る司咲に、瑞稀は微笑んだ。
「私たちがいると話しにくいなら、席外すけど」
ふるふると司咲は首を横に振った。2人に話したいことはあったのだ。だけど、言葉がまとまらなくて言えずにいた。言えないうちに、また新たな悩みが増えて本当は誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない。つばさでも奨悟でもない、誰かに。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2022年2月16日 13時
