妖気 ページ3
仕事が終わり、帰宅時間になると司咲は鞄を手に劇場を後にした。ふと立ち止まると、恐る恐る後ろを見る。
見られている。とても邪悪なものに。
カタカタと震える体を必死に動かした。追いかけては来ないようだけれど、とても恐ろしい。博喜を狙っている、あの妖気が肌を刺す。
歩いていた司咲はちょっとした段差に足を引っ掛けて転んだ。
「いっ……」
思いの外強かに擦って、司咲は膝を押さえた。
「司咲ちゃん？大丈夫？」
通りがかった博喜に心配されて、司咲は頷いた。
「だ、大丈夫よ。ありがとう」
「膝痛いの？ちょっとごめんね」
ズボンを捲って膝を出すと、擦り傷になっていた。
「傷になってる…。手当しなきゃ。劇場戻ろう」
博喜の腕に抱き上げられた司咲は息を呑んだ。つばさに抱かれた時よりも高くて、少しの恐怖から博喜の服を掴んだ。きっと側から見たら司咲が博喜に抱きついているように見えるのだろうなと、思った。そして何故かつばさには見られたくないとも思った。
「つばさに見られたら怒られそうだな」
なんて言って笑うから、司咲も笑った。
「別に、いいよ。あんな人」
「司咲ちゃん、つばさに怒ってるよね？」
見上げた博喜は瞬く司咲を見て、笑った。疑問ではなく確認だった。
「…別に、怒ってないわよ。怒る理由がないわ」
「そうかなぁ？つばさが女性のスタッフと話してる時の司咲ちゃん、鬼みたいな顔してたよ」
「気のせい。ありえないわよ」
そんな言い方、まるで司咲がつばさに嫉妬していたと言うようではないか。突然唇を奪うような不届きな人なんて、司咲は嫌いなのだ。
「あんな人、嫌い」
劇場内の長椅子に降ろされて、司咲は大人しく手当をされた。消毒が少し染みた。
「ありがとう、博喜さん」
「帰ろうか。歩ける？」
「うん」
博喜の手を取って立ち上がると、司咲は手を離した。
「一緒に帰ったなんて知られたらつばさの嫉妬が爆発しそうだ」
おどけて言う博喜の隣に並びながら、司咲は笑った。
「嫉妬はするかもしれないわね」
「でも、こんな夜道を女の子1人でなんて歩かせられないから、不可抗力だよね」
「ありがとう、博喜さん」
そんな2人をつばさが目撃していたなんて、知る由もない。司咲が出てくるのを待っていたつばさの痛みは彼らには分からない。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2022年2月16日 13時
