玉簪 ページ16
朝食を摂り司咲はカバンの中を探した。昨日千切れた髪ゴムの代わりを。千切れた髪ゴムはカバンの内ポケットにしまわれている。長い髪を下ろしたままでは仕事はできない。
ふと、手に硬い何かが当たって、それを引っ張り出した。緑の玉簪だった。
「これ、こんなところにあったの」
ずっとなくしたと思っていた。家で手を滑らせて落として、どこを探しても見当たらなかったから。
「崎山さん、櫛借りてもいい？」
「うん、いいよ。なんでも使って」
洗面台の櫛を取ると、髪に通していく。細くて綺麗な黒髪は絡まることなく、梳いた場所から艶が光る。鏡の中、伸びた髪を見て、司咲はひとつだけ決めた。簪で髪を結い上げると、頭を左右に振ってちゃんとまとまったか確認すると、振り返った。
「かわいい」
髪を撫でるつばさに司咲は息を呑んだ。さっきまで、彼はリビングにいたはずなのに。びっくりして声を出せずにいると、抱きしめられた。
「…驚かしちゃった？ずっといたのに」
「…バカ。背後に立たないでよ、分からないから」
「ごめんね」
「私はもう行かなきゃ」
「一緒に行くよ」
「……バカなの？」
世間体を考えたら、別々で行った方がいいに決まっているのだ。スキャンダルなんて彼には相応しくない。そう言うと、悲しい顔をされた。
「向こうでね」
満面の笑みでつばさの家を出た。少しだけ上機嫌だった。すれ違う人におはようございます、なんて挨拶をしてみる。普段はそんなことしない。挨拶した人がみんな、霊だったことに気付かず、司咲は笑顔を振りまいた。
好きな人が司咲だけを見ていた。それは惚れる前からそうなのだが、好きになって同じだけ愛してくれていることが単純に嬉しかった。
キスを拒めなかった理由に、つばさは気づいただろうか。もっとキスをしてほしい、だなんて口が裂けても言えないけど、つばさの腕の中は温かくて心地良かった。
電車に乗って、ふと視線を感じた。後ろを向くと、手を上げる男の姿があった。
「よぉ、司咲」
「…もっ…！」
彼の名を叫びそうになって、司咲は慌てて口を押さえた。
「どうしてここに？」
「仕事」
「あ、そうよね」
司咲は基裕の隣に並んだ。嬉しそうに微笑む司咲の髪を撫でて、顔を覗き込んだ。
「あえて何も突っ込まないけど、何かあった？」
「え？」
「嬉しそうな顔してる」
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2022年2月16日 13時
