悲しみ ページ4
「どうしてそんなに……博喜がいいの。こんなに傷ついているのに。苦しんでいるのに」
「…だって、好きなんだもん。博喜さんのこと、大好きなの。そう簡単には捨てられない。……分かるでしょ？」
司咲を抱きしめた腕が一瞬、震えた。
本当は手にとるように分かる。分かってしまう。どんなに傷ついても、どんなに突き放されても、想う。好きな気持ちは抑えられないのだ。
「……そんなの、分かりたくないよ」
どんなに言い寄っても、司咲はつばさには見向きもしない。ずっと1人の男を見つめているのだ。その瞳につばさは映ることはない。
抱きしめた腕に力を入れると、つばさは司咲の耳に口を寄せた。
「好きだよ。…俺と付き合って」
司咲はそんな甘い砂糖菓子のような声に、首を横に振った。
「……俺をフったこと、後悔するよ」
「そんなの、しない」
「一途で優しくて、かなり優良物件だと思うけど」
「それ、自分で言う？」
「自分で宣伝しないと君は気づいてくれないでしょ」
「でも、強引ですぐキスするから嫌よ」
「愛しているの」
「やめて」
「…愛している…」
「…泣いてるの？」
「泣いてないから」
鼻を啜る音がした気がして司咲は離れようとするが、つばさはそれを許してはくれなかった。
「…付き合ってよ」
「……ごめんね」
「…司咲ちゃんが博喜のこと好きになる前からずっと、大好きなのに…」
髪を撫でて、体を離した。お互いに悲しみを帯びた表情だった。俯く司咲の顎を掴んで上を向かせた。
息を呑む彼女の唇に唇を押し付けた。驚いて動けない司咲の後頭部を押さえて、形を覚えるように吸いついた。つばさの頬を伝う涙が悲しみを表現していた。
どん、と胸を押されて唇が離れた。その頬は真っ赤に染まっていた。潤んだ瞳で睨みつけられてつばさは彼女の頬に手を伸ばそうとして、その手を叩かれた。
「やっぱり最低だわ」
「…ごめん。でも、博喜ばっかり見ないで。俺を見て意識して」
「絶対ありえないわ！」
キスされた唇を拭おうとする司咲の手を咄嗟に掴んだ。嫌な顔をする司咲の唇を手で覆った。
「どうしたらいいの…」
つばさは頭を司咲の肩に預けた。どんなに努力しても彼女の心には届かない。彼女のために何をしても変わらない。
「……好き」
お互いの頬に一筋の涙が伝った。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年10月25日 23時
