曖昧 ページ39
「最っ低！ほんとなんなのよっ」
叫ぶように、司咲はそう言って泣いた。うずくまって両手で顔を覆う司咲の背中を涼星が撫でた。
「余裕がないんだよ。俺もつばささんの立場だったら同じことしてるかも」
「……愛だけじゃ生きていけない。私は愛されたいだなんて思ってない」
「でも、つばささんは司咲ちゃんを愛してるよね？」
「いつか諦めるわよ。涼星くん、私は博喜さんが好きだけど、博喜さんは私に興味がないの。ちゃんと分かってる」
諦められない恋ほど辛いものはない。きっとつばさも分かっている。今は無理でも、いつかは諦めてくれると司咲は信じている。
手のひらで涙を拭いながら、司咲は涼星を見上げた。微笑んだ彼女の笑顔が何故か泣いているような気がした。
「愛なんて曖昧なもの、信じられない。愛ほど残酷なものはないんだから」
家族がいないことを当然のように振る舞う彼女だけれど、やはり気にしているのだろう。だけど、彼女を慰めるのは涼星の役目ではない。
「基くんに会いたい…」
呟いた司咲の声が震えていた。彼女がその言葉を口にするのは、決まって抱きしめてほしい時だということに気付かないわけがない。
「………会いたい…」
司咲の顔が俯いた。涼星には計り知れないほどの傷を抱えた彼女をどうにか助けたいと、ふと思った。
「もっくんさんにはなれないけど」
涼星は司咲を優しく引き寄せて、抱きしめた。
「つばささんが嫌なら、今はこれで我慢して」
「……ありがとう」
博喜よりも身長の高い彼の胸に顔を埋める形になった。博喜とも、基裕とも、つばさとも違う温もりと大きさに、安心感があった。司咲は涼星の胸に手を置いた。
「涼星くんは大きいね。…落ち着く」
「それなら良かった」
「でも、今はいい」
かえって辛くなるのだ。微かに覚えてる父は他の大人たちよりもずっと大きかった。大柄な涼星に抱きしめられると、父親に会いたくなるから。涼星だけでなく背の高い人を見上げると、たまに司咲を恐れた父の顔を思い出してしまうのだ。普段の顔も笑顔も全く覚えていないのに、恐怖に染まった顔だけは、昔に比べたら朧げだが確かに覚えている。幼心にそれだけショックだったのだろう。物心つく前の、忘れていてもおかしくない記憶だ。
「ありがとう、涼星くん」
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 19人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年8月5日 22時
