猫 ページ28
しばらく走ったところで、司咲は足を止めた。前から歩いてくる博喜を見つけた。
「あ、司咲ちゃん。朝ぶりだね」
「うん。元気そうで何より」
「司咲ちゃんは朝は機嫌良さそうだったけど、今はあまり機嫌良くなさそうだね」
「崎山さんのせいよ」
「まぁ、そうだろうと思ったよ」
頭を撫でる博喜の手が温かくて、司咲の頬が緩んだ。つばさは嫌だけれど、博喜のその手には触れて欲しくて、少しだけ目を細めた。
「司咲ちゃん、猫みたい」
瞳だけで彼を見上げると、博喜はふふと笑った。
「つばさには全然懐きそうにないところも、撫でると嬉しそうな顔するところも。かわいい」
「えっ」
パッと下を向いた。顔が熱い。頬が真っ赤に染まるのが分かる。好きな人に言われる、『かわいい』の一言が嬉しい。誰よりも、博喜に言われる言葉だから、染まった頬の熱は引かなかった。
博喜は俯く彼女の髪に手を置いて、優しく笑いかけた。
「でも、つばさの気持ちももう少し考えてあげて」
染まった頬の熱が急に引いていった。見上げた博喜は笑顔で、司咲は無理して微笑んだ。
「無理、かな。嫌いだわ…」
司咲は涙をぐっと堪えて、博喜を見つめた。
「恋愛対象外なのよ。期待させるわけにはいかない」
服の裾をぎゅっと掴んで、俯いた。
「それに、私の好きな人は…っ！」
勢いで告白しそうになって、ハッと口をつぐんだ。
「ごめん、私行かないと」
「うん。また」
傷ついたような顔をする彼女を手を振って見送る博喜はやはり司咲を意識してなんていない。
「…あれ、博喜。…司咲ちゃん、見なかった？」
「仕事戻ったよ」
「…そっか。じゃあ後にしようかな」
「つばさ」
博喜はつばさの腕を掴んだ。申し訳なさそうな彼の顔を見て、つばさは汗を手に握った。
「嫌だ。好きにならないで」
「ん？いや、誤解だよ。今度2人で出かけることになったから、一応」
「ああ、それなら知ってるよ。偶然聞いちゃった」
「そっか。助けてもらったお礼も兼ねて」
「司咲ちゃんは喜ぶだろうね」
振り向いてくれない彼女の心はずっと博喜の方を向いている。それが悔しくて悲しくて、切ない。下向きになった視線に気が付いたのか、博喜が慌て出した。それにクスリと笑ったつばさは博喜の背中を叩いた。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年8月5日 22時
