戻れない ページ18
つばさの切実な願い。それに首を縦に振るわけにはいかなかった。拒むように、彼女の髪が左右に広がった。
「諦めて」
その横顔も、彼女を象る全てが愛おしかった。全てを愛していた。
「たくさん、助けてもらったことは感謝してる。でも、いくら想われても崎山さんの気持ちには応えられない。私よりも崎山さんを愛してくれる人を探して」
「嫌だ」
この部屋から出てしまったら、もう関わってもらえなくなる気がした。
「行かないで…」
消え入りそうな声だった。触れない約束なんて捨てて、その手を掴んだ。このまま関係が終わるより、約束を破ったと恨まれた方が何百倍もマシだった。
「離して」
「嫌だ。離したくない。…ねえ、今はまだ友だちでもいいから、お願いだから。俺にも話しかけて」
「…どうして、諦めてくれないの?傷つくって分かってて、どうして?私は崎山さんを傷つけたいわけじゃないのに!ちゃんと友だちになりたいの」
振り払ったつばさの手が頬に伸びてきて、顔を背けた。涙がじわじわと滲む。
「私に恋してる崎山さんは大っ嫌いよ」
つばさの心を強く貫いた。身を切られるような痛みで目の前が真っ白になった。気がついたら抱きしめていて、目の前がぼやけていた。泣いているのだと、その時やっと気が付いた。
「……やっぱり、嫌だ」
腕の中にある温もりを離したくない。脈なしなんて分かっていた。それでも、やっぱり好きだからこっちを向いてほしくてまっすぐぶつかっていた。
彼女がいない毎日なんて、苦しくて苦しくて、息もできない。深い深い沼にはまったような感覚。もう彼女のいない日常になんて戻れやしない。
怪我のせいか、抵抗しない彼女を強く抱きしめた。
「……友だち、に……」
今更友だちになんて戻れない。出会ってから彼女に惚れるまで時間はかからなかった。続きの言葉が喉に引っかかって出てこない。たった一言、『友だちになる』と言えば彼女はまだつばさを見てくれるかもしれないのに。
「………っ!無理っ!」
かっこ悪い。抵抗できない女を抱きすくめて泣いているのだから、相当。惚れた彼女を手放すことの方が、かっこ悪い姿を晒すよりもずっとずっと、辛かった。
「…友だちになんて、戻れないっ」
頬を両手で包んで、気がついたら唇を塞いでいた。もうどんな言葉だって今のつばさには耐えられない。
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作者名:星ノ宮昴 | 作成日時:2021年8月5日 22時