傷 ページ16
司咲には分かる。春が今、司咲に対して良い感情を抱いていないことを。
「ごめんなさい。やっぱり無理」
背を向けて駆けだした彼女は悪くない。そもそも、その反応が正常なのだ。
「手当てするよ」
体を抱き上げてつばさは歩き出した。早足で家に帰るつばさは焦っていた。巻いたハンカチはもう真っ赤で血が止まっていない。
家に着くと、つばさは司咲を風呂場に下ろした。ハンカチを取ると、まだ赤い傷口から血が溢れていた。
「脱いで。傷口ちゃんと見せて」
司咲はふるふると首を横に振った。女として、好きでもない男に肌を見せるなんてできない。
「……ごめん」
配慮が足りなかった、と反省した。つばさはバスタオルを持ってくると司咲を包んだ。
「腕だけ出して。手当てするから」
「うん」
司咲はバスタオルの中で服を脱ぐと腕だけ出した。その間、つばさは後ろを向いていた。その頬が赤くて司咲は首を傾げた。
傷口をシャワーで洗うと、つばさは司咲を部屋のソファに座らせた。
「い、痛い」
消毒を吹きかけると、司咲の手がつばさの服を掴んだ。少し嬉しかったのは秘密だ。
「少し我慢して」
腕には大きめの絆創膏、頬にはガーゼを貼った。
「はい、終わり」
「…ありがとう」
俯く彼女を抱きしめたくて、つばさはそんな想いを誤魔化すために立ち上がった。お茶を淹れて司咲に差し出すと、司咲はありがとう、と笑ってくれたから思わず抱きしめてしまった。
「かわいい」
傷が痛くて抵抗できない彼女の髪と腰に腕を回した。
「無理。やっぱり好き」
「…離して」
「司咲ちゃんのせい。我慢、してたのに。不意打ちで笑うから」
「笑ってなんか…」
「笑ったの！かわいく笑うから…」
髪を撫でて、愛おしげに頬のガーゼにキスを落とした。
「もう、笑わない」
「嫌だ。もっと笑って。かわいい笑顔見せてよ」
両手で頬を包んだつばさは無表情の顔を覗き込んだ。
「お願い」
その手を払って、司咲はお茶をひとくち飲んだ。
払われた手を、つばさは悲しそうに見つめて、立ち上がった。
「俺ので悪いけど」
差し出されたのは服だった。
「ありがとう」
「脱衣所使って」
「うん」
彼女の背中を見送って、つばさはため息を吐いた。
どんなに傷ついても、やっぱり好き。諦められるわけがない。彼女の隣に並びたい。誰にも奪われたくない。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年8月5日 22時
