もしも、運命なら… (ページ9)

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玉依姫命ページ9

その顔は悪意の塊だ。そう確信すると同時に、司咲は何も持たずに家を飛び出した。エレベーターなんて待っている暇はない。階段を駆け降りて、走る。後ろをちらりと見れば、ふよふよと浮きながら追いかけてきている。

弱い霊ではあるが、霊媒師でもお祓い師でもない司咲は掴まれば何をされるか分からない。とにかく、怖い。

何も持たずに出てきてしまったが、スマホくらいは持ってくるべきだった。

目を合わせてはいけなかったのだ。善良な霊ならば少し話しかけてくるだけで良かったが、悪意を持ったものは死者の世界に引き摺り込もうとしたり、体を乗っ取って悪さをしようと企むものもいるのだ。

だけど、よく見ないとそれが霊なのか人間なのか判別できない司咲には絶対に目を合わせない、なんて酷なことだ。無理難題に等しい。だからよくこうして霊との逃走劇を繰り広げる。その度に人は司咲に後ろ指を差すのだ。

赤信号だって待っていられない。とにかくどこかの神社に駆け込まなければ終わらない。

チラリと後ろを見ると、さっきよりも近付いてきている。顔を青くさせて走るスピードを早めた。直線じゃ距離を詰められるだけ。曲がったりしながらなんとか見つけた神社に飛び込んだ。

神社には祀られている神様の、人には感知できない結界が施されているので、邪なものは入り込めない。現に先の悪霊も顔色を変えてバンバンと結界を叩いている。肩で息をする彼女に鳥居の上に座った祭神が微笑んだ。

《娘、災難だったな》

綺麗な黒髪に白い狩衣のような衣を身に纏った彼女。ぜぇぜぇと肩で息をする司咲は口を開いた。

「たま…より…」

《良い良い。落ち着いてから話せ》

許しをもらい、数分息を整えてから司咲は礼を取った。片膝を折り、両手を合わせる。

「このような格好での拝謁になってしまい、申し訳ありません。玉依姫命(たまよりひめのみこと)様とお見受けします」

《いかにも》

「この度は助けていただき感謝しています」

側から見れば今の司咲は急に礼を取って話しだした頭のおかしな人だ。

「ママー。あのお姉さん何やってるのー？」

「しっ！見ちゃいけません！」

母親は息子の視界に司咲が入らないように顔を背けさせてそそくさと中に入っていく。そうだ、これが普通の反応なのだと横目で見て、司咲は神様を見上げた。